マニアックな話題です。 
 古い映画を見ていると、時々面白い無線機が登場します。映画『テレマークの要塞 』で、ノルウェーのレジスタンスが英国と無線連絡を取るシーンがあります。当時のノルウェーはドイツ軍の占領下にあり、ノルウェー王国はロンドンに亡命政府を樹立し、国内ではレジスタンスがドイツ軍と戦うという状況です。 『テレマークの要塞 』は、イギリス特殊作戦執行部(SOE)とともにナチスの原爆製造を阻止するレジスタンスの活躍を描いた映画ですから、このシーンで連絡を取る相手はSOEでしょう。ヨーロッパはほぼ全域が第三帝国の版図であり、フランス、ポーランド、チェコスロバキア、オランダ、ノルウェーなどはロンドンに亡命政府を作っています。
 イギリスは、これらドイツ軍占領地のレジスタンスを援助しナチスと戦ったわけで、レジスタンスとの連絡のために無線機が配られたのでしょう。
 
                      高密度な送信機
 『テレマークの要塞 』で登場した無線機は、《Type 3 Mk. II》という送信機、受信機、電源がスーツケースに収められた「スパイ無線機」です。有名な無線機のようですから、これが使われていた可能性は大きいです。Crypto Museumに詳しい資料があります。

《送信機》
・3-16 MHzの16~20Wの水晶発振子制御の電信送信機
・EL32(発振)→6L6(電力増幅)
《受信機》
・3.1~15.2MHzのスーパーヘテロダイン受信機
・7Q7(周波数変換)→7R7(470kHzの中間周波数増幅)→7Q7(中間周波数増幅・BFO)→7R7(低周波増幅)
《電源部》
・交流97-140Vと190-250V、直流6V(バッテリ)
・受信用230V、-12.5V(バイアス)、送信用500V、ヒータ6.3V

 これに、スペアーの真空管、電鍵、アンテナ線、アース線、取説が付属して1セットがトランクに収まっています(総重量15kg)。送信周波数を決める水晶発振子は、レジスタンス毎に決まった周波数のものが配布されたのでしょう。
 交信するイギリスの基地局はエニグマで有名な《ブレッチリー・パーク 》です。ブレッチリー・パークには米ナショナルのHRO受信機やMarconi CR100/2がズラリと並んで、各国のレジスタンスや諜報員からの連絡を受信していたのでしょう。ブレッチリー・パークについては、映画『エニグマ』がその雰囲気をよく伝えています。
 
ブレッチリーパークのHRO      同Marconi CR100/2
 オスロ~ロンドン間は1100km、ロンドン~パリ間は400kmですから、Type 3 Mk. IIの性能とブレッチリー・パークの設備(好感度受信機と大電力送信)を考えれば、十分交信が可能です。ゾルゲ(1933~1941東京)はもっと貧弱な設備で、東京~ウラジオストック間1100kmの交信を行っています。レジスタンス、スパイが無線通信を行う場合にハードルとなるのがアンテナです。おおっぴらに屋外にアンテナを建てるわけにはいきません。ゾルゲは、室内にアンテナを張っていたという証言(取調調書)があります。Type 3 Mk. II付属のマニュアルには、アンテナのことも書かれています。

 戸外にアンテナが張れない場合は、部屋の天井にジグザグに張れと記されています。アースも重要で、絨毯の下にカウンターポイズ(アース線)を張るようになっています。面白いのは、インシュレーター(絶縁碍子)の作成法です。ガラス瓶の口を使うように薦めていますが、このアイデアは秀逸。無線機を操作するのは兵士ですから、マニュアルは、同調の取り方からアンテナの設置方法まで懇切丁寧に書かれています。
 
 
ゾルゲの手作り無線機と室内アンテナ(みすず書房『現代史資料 1』)