冒頭、ルカ伝24章37-39節が表示されます。

人々は恐れおののき、霊を見ていると思った
そこでイエスは言った。なぜ心に疑いを持つのか
私の手足を見よ。まさに私だ。触れてみよ
このとおり肉も骨もある

 磔刑の後復活したイエスが信者の前に現れ、信者が「恐れおののく」シーンでのイエスの言葉だそうです。この言葉は、ラストで死んだ(筈の)日本人がキリスト教の助教に向かって言いますから、この映画の主題らしい。2時間30分(長い!)の映画を観てヨーワカラン、では勿体ないので少し頭の体操をしてみます。

日本人
 田舎の村・谷城(コクソン)で一家惨殺事件が相次いで起き、地元の警察官(クァク・ドウォン)が捜査を始めます。毒キノコを成分とする健康食品を食べた人間が、精神錯乱の果てに家族を殺した犯行と断定されますが、最近山に住み着いた日本人(國村隼)が原因ではないかと噂になります。日本人がフンドシ一枚で鹿を殺して生肉を食べていたなどの目撃情報があり、この何のために住み着いたのか、何をしているか不明の奇怪な日本人が憶測を呼びま。谷城という共同体に日本人という異物が混入し、共同体に歪みが生じ、共同体の矛先は異物に向かうというわけです。欧米人や中国人ではなく「日本人」という辺りが韓国でしょうか。当然この日本人に固有名詞は与えられません、「ウェノム」です。

巫堂(ムーダン)
 警察は日本人の住む山中の廃屋を訪れ、怪しげな祭壇や、壁一面に貼られた事件の被害者の写真を発見します。警察は、日本人が村人を写真に撮り呪い殺し、持ち物を奪ってそれに呪いをかける、と思い込みます。廃屋で警察官の娘ヒョジンの靴が片方見つかります。日本人は村人を呪詛している→村で起こった事件の原因は日本人だ!、ということになります。やがてヒョジンに悪霊が乗り移り、祈祷師(巫堂、ムーダン)は日本人の悪霊に取り憑かれた少女に「悪魔祓い」の儀式が行われます。『エクソシスト』ではキリスト教の神父が悪魔払いをしますが、この映画のエクソシストは祈祷師。儀式は結界を張り鐘太鼓を打ち鳴らして鶏や山羊を殺す凄まじいもの。これと呼応するかのように日本人も祓いの儀式に及びますから、さながら「悪魔祓い」の日韓対決。ただ、日本人の祭壇には殺された韓国人の写真が祀ってありますから、この死人を蘇らせる儀式だったような?。
 悪魔祓いの後も一事件は終息せず、警察と村人は日本人を殺しに山に向かい、追い詰めて殺してしまいます。この時日本人が蘇らせたと思われるゾンビに襲われますが、何故ゾンビなのか?。分かったような分からない展開です。

イエス
 祈祷師は、悪霊は日本人ではなく白い服の女であることに気づき、日本人は祈祷師であり村人を悪霊から守っていたことに気づきます。一方、キリスト教の助教は日本人の正体を探りに洞窟に入り、そこで死から甦った日本人と出会います。お前は何者か?と問う助教に、日本人は冒頭のルカ伝の言葉で答えます。日本人の掌には、イエスが磔刑になった時の聖痕がありますから、日本人はイエスということになります。これでは「親日称賛禁止法」(未成立)、「国民情緒法」違反(笑。これはマズイので抜け穴を用意しました。日本人は、私はアンタが想像する通りの存在だと言うと、日本人は眼が赤く燃え角の生えた悪魔へと変身します。助教は聖痕を見ても日本人をイエスとは信じず悪魔と考え、その想像通り悪魔に変身します。これを信仰云々というのは無理があります。日本人は、助教にカメラを向けシャッターを切りますが、何でカメラなんだ?。
 同じ頃、悪霊に支配された少女ヒョジンにより警察官一家殺害の惨劇が繰り広げられます。ジョングの家に到着した祈祷師もまた惨劇の現場をカメラに収めます。

 『哭声/コクソン』は韓国で700万人近い観客動員数をあげ、多くの(といっても韓国の)賞に輝いています。個人的に理解不能なこの映画も、韓国人には「分かる」んでしょうね。『哭声/コクソン』は、厄災の村・谷城に現れたイエスを連想される日本人の、迫害と処刑、復活の物語がベースとなっています。日本人=イエスに対置される存在が、朝鮮の土俗(巫堂、ムーダン、悪霊=白い服の女性)です。韓国のシャーマニズムは、キリスト教の形をとって社会に深く根を下ろしているという映画ではないかと思います(コロナウィルスの集団感染が発生したキリスト教系新興宗教団体を連想します)。
 よく分からないのが、日本人の住む廃屋にあった写真(何故か祈祷師も同様の写真を持っている)、イエス(日本人)が助教をカメラで撮り、祈祷師もジョングの家の惨劇の現場をカメラに収める行為です。被写体は、復活を信じないキリスト教の助教であり、毒キノコが生んだシャーマニズムの惨劇。カメラこそが真実を撮す(暴く)、というナ・ホンジン(監督)の自負なのでしょうか?。

 とでも想像しないと、2時間30分は取り戻せません。

監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン ファン・ジョンミン 國村隼 チョン・ウヒ