漱石から三島由紀夫まで、37人の文人の食にまつわるエピソードを紹介しながら、その小説世界に切り込んだエッセーです。「食」という人間の最も根源的な欲望に根ざしたエピソードですから、意外なところで文士たちの作品の秘密に迫っています。エッセーですが気軽に読むと食あたりしそうです(笑。

【森鴎外】
 森鴎外の「饅頭茶漬」は面白かったです。鴎外は、饅頭をご飯に乗せて煎茶をかけて茶漬けで食べます。鴎外はドイツに留学して衛生学、細菌学を学び後に陸軍省医務局長となります。細菌がよほど怖かったのか、果物も生では食べず煮て食べるほどだったと言います。だから「饅頭茶漬」というわけでもないでしょうが、酒が苦手で甘いもの好き、かつ異常な細菌恐怖症という鴎外ですから、そりなりに理にかなっています。
 「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」という遺書を残したことは有名です。臨終の枕元には、親族と親友の賀古鶴所ら限られた人だけだったようで、多くの門下生に囲まれて臨終を迎えた漱石とは趣を異にします。著者は、

 この死にかたに関しても鴎外の衛生観念が強く作用している

とは少し考え過ぎだと思うのですが、饅頭茶漬からここへ持ってくる手並みはさすがです。