映画 薬指の標本(2005仏) [日記(2011)]
小川洋子の原作を仏の女流監督が映画化しものです。小川洋子には『博士の愛した数式』という有名な小説・映画がありますが、『薬指の標本』も様々なイメージの交差する幻想的な作品です。
この映画の構図です。
・職場の事故で薬指を切断してしまったイリス(オルガ・キュリレンコ)が、仕事を探しに港町にやって来ます。
・港町で『標本製作工房(ラボ)』の受付事務員として職を見つけます。
・街のホテルに住み、部屋は港湾労働者の青年と相部屋。昼は青年、夜はイリスが使っています。
・『標本製作工房(ラボ)』とは、個人から依頼され標本を製作保管する工房。
・ラボの所長は謎の中年男性。
・標本として依頼されるのは、『家の焼け跡に生えたキノコ』『恋人からプレゼントされた音楽(楽譜)』『やけどの痕』『可愛がっていた文鳥の骨』などかなり変わっています。
・ラボの建物は75室ある元女子学生寮で、元女子学生の老女がふたり今なお住んでいます。
こういう構図のなかでドラマとも言えないドラマが展開します。
『標本』、これです。映画の中でラボの所長が言ってますが、大切なものだから標本にして保管するのではなく、忘れてしまいたいものを標本としてラボに預けるのです。『恋人からプレゼントされた音楽(楽譜)』は楽譜を捨てるだけでは記憶の隅に眠り続けるため、思い出を標本として閉じこめ心から閉め出してしまおうということなんでしょう。所長によると、預けた標本を見に来る依頼人は殆どいないと云うことがそれを物語っています。音楽を標本にするということは、音楽にまつわる時間を永遠に閉じこめることなのでしょう。
所長はイリスに『靴』を贈り、この『靴』を仲立ちとして肉体関係を結びます。この『靴』に対するフェテシズムはなかなか見応えがあります。所長はイリスの履いた『靴』に魅せられ、イリスは『靴』に囚われるようにふたりは関係を結びます。この辺りはもう趣味の世界というか性的倒錯の世界というか、分かるようで分かりません。
このラボと所長なんですが、どうも怪しい(映画なんで、怪しくてもいいんですが)。このラボは所長が女子学生寮を買い取ったものだと自分で言ってます。不思議なことに、この建物が女子寮であったころの写真にこの所長が写っています。そして、女子寮が無くなった後もふたりの老齢の女性がこの建物に住んでいます。とすると、この所長の年齢はいったい何歳なんだ!
所長もふたりの老女もラボそのものもとても現実のものとは思えません。そういえば、謎の少年が時折顔を出します。この少年は亡霊なんじゃないでしょうか?老女のひとりがイリスに忠告しますね。イリスの前任の受付の女性は辞めたのではなく、消えたのだと。女性は『標本』となって地下室で眠っている?とでも言いたげです。
『薬指の標本』をある種のホラー、怪談 (kwaidan)と考えると、イリスと所長の関係はもうフェティシズムなんかでは無く、冥府の男に魅入られた女性という関係になります。ラストシーンで、イリスは靴を脱ぎ光あふれるドアを開けて地下室に入ってゆきます。イリスは『薬指の標本』の代わりに、自分自身を永遠の時間に閉じこめ、『標本』となる道を選んだわけです。
これは、原作を読んでみないと収まりがつきません。
村上春樹の小説 (『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』) を映画にするとこうなりそうです。『ハードボイルド・ワンダーランド』が好きな人にはお薦めです。
監督・脚本:ディアーヌ・ベルトラン
原作:小川洋子
演者:オルガ・キュリレンコ マルク・バルベ
【追記2/19】
原作読みました。
なんか怖そうなので、多分見ません(笑)
by m-kurata (2011-02-05 21:28)
そう仰らずに見てください。ホラーというのは私の勝手な解釈です。
by べっちゃん (2011-02-05 23:05)