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佐野眞一 あんぽん 孫正義伝 [日記(2013)]

あんぽん 孫正義伝
【『ハシシタ・奴の本性』】  
 孫正義にはあまり興味がありませんが、ノンフィクション作家・佐野眞一に興味があったので読んでみました。佐野眞一はご存知のように、週刊朝日に連載した『ハシシタ・奴の本性』で橋下大阪市長の返り討ちに会い沈没しました。この事件を契機に「パクリ疑惑」なるものも再浮上し、相当叩かれました。

 『ハシシタ』も読んでみましたが(ありがたいことにnet検索すると全文読めます)、週刊誌という性格上やや過激ですが、それでもどうと云うことはありません。橋下徹という人間を解明するために、両親や橋下家のルーツを詳しく調べると宣言し、そのさわりとして、橋下の出生地と父親、叔父のアウトラインを書いただけです。気になるのは、橋下徹のルーツを調べて、その「本生」を解明することができるかということです。出自がどうの環境がどうの、だから『ハシシタ・奴の本性』はこうだという話を聞かされても仕方がありません。佐野眞一が解明すべきは、橋下人気を支える時代の閉塞感でありそれを煽るジャーナリズムの病理でしょう。「週刊朝日」を「朝日新聞」にすり替え、時流をたのんで喧嘩を売った橋下徹の「取りあえずは」勝ちです。この未完のノンフィクションがどのように展開したかは、これも時の人である孫正義を取り上げた本書を読めば分かるかもしれません。

 私の読んだ佐野眞一のノンフィクションは、民俗学者宮本常一、殺された東電OL、阿片王・里見甫、甘粕事件の首謀者であり後に満州の影の皇帝とよばれた甘粕正彦などいずれの場合も人物の生い立ちに踏み込んでその人物や事件の秘密を探るという手法がとられています。これは人物を中心としたノンフィクションで採用される、ごく普通の手法です。出自や生い立ちを書く以上、それが「彼」の人格形成に如何に関わったか、これを納得できるように読者に提出することが著者の努めであり力量です。

【在日】
 『あんぽん 孫正義伝』は、IT業界の寵児・孫正義の伝記というより、孫家三代に渡る在日朝鮮人一家の物語です。孫正義という人間の「いかがわしさ、胡散臭さ」を解明するために、『ハシシタ』と同じ「両親やルーツを詳しく調べる」手法がとられたわけです。
 確かに、「繋がりやすくなった」というテレビCMを決して信じない私も、この「いかがわしさ、胡散臭さ」を感じるひとりです。著者によると、この「いかがわしさ」こそが孫を解くキーワードだといいます。
 孫正義が在日韓国人であることは、その名前から察しがつきます。タイトルの「あんぽん」は、孫が渡米まで名乗っていた通姓「安本」の音読みのことです。著者は孫の出自をこう書きます、

孫正義は今から約百年前に、故郷を食い詰めて海峡を渡ってやってきた朝鮮人の末裔である。祖母は残飯を集め豚を飼って一家を支え、父は密造酒とパチンコとサラ金で稼いだ金をたっぷり息子に注いで立派な教育をつけさせた。

 日本帝国主義に端を発した在日1世の祖母、2世の父親の苦難とその脱出物語は面白いです。豚の糞尿と残飯の匂いの中で育った「あんぽん」少年が、それを武器に成り上がった成功物語と理解すると楽ですが、どうもそういう立志伝とは違うようで。父親・三憲は、(当時)日本の青年が大学を出て30年勤めて貰う退職金が500万円。その500万円を3年?で稼げば、日本人を超えることができる、と云う発想と実行力の持ち主。その血を受け継いだ「あんぽん」少年は、たとえ東大を出ても差別がなくならないのであれば、アメリカの大学を出てこの差別を跳ね返そうと、父親の稼いだ金を使って渡米します。
 帰国した「あんぽん」は安本を捨て孫を選択します。在日であることをカミングアウトし、「あんぽん」として生きることを拒否するわけです。これが孫正義の出発点です。在日3世としてのアイデンティティというより、人種の坩堝アメリカの体験を踏まえた決意でしょう。在日三世を飛び越えて、孫正義個人のアイデンティティを選択したわけです。孫正義のルーツを辿る第1部で、「あんぽん」⇒孫への変身、これが一番のハイライトでした。

【3.11】
 第二部では、一転「3.11」と孫正義の関わりが描かれます。例の100億の円寄付と太陽光発電の話しです。これを聞いた時は、誰もが孫さんのパフォーマンスと次のビジネスへの布石だと思ったことでしょう。企業家ですから、エネルギーがビジネスになることは折込済でしょうが、いくら5,000億円の資産家とは言え100億円の寄付はなまなかな額ではありませんね。
 著者は、被災地の子供を支援する財団を立ち上げたり、日本のエネルギー政策を再生可能エネルギーへ転換しようという孫の動きを、在日として過ごした子供時代の体験や、筑豊の炭坑で命を落とした母方の親族の話で補強しようとします。孫正義の母方のルーツを辿る中で、奇しくも戦前戦後のエネルギーの中核「石炭」が登場し、孫のもうひとりの祖父がこのエネルギーと深く関わっている事実が浮かび上がってきます。この母方の祖父は、日本人によって強制連行同様に炭坑に送り込まれ、その息子(孫の叔父)は炭鉱事故(三井山野炭鉱、戦後第2位の規模)によって命を落としています。

 石炭であれ原子力であれ、国家政策と密接に結びついたエネルギーの第一線では、古くは朝鮮人や下請けの労働者によって支えられ、原子力も協力会社とい下請け孫請けによって支えられています。そして事故に際してまず犠牲となるのがこの人々です。
 著者がこの叔父と炭鉱事故を調べてゆくと、炭鉱会社は、事故後の再開のために切るはずの電源を切らず、そのことが事故の拡大を招いたとまことが明らかになり、3.11の福島原発で起こった東電の対応と重ねられます。(孫自身は全く知らないことですが)、孫が再生可能エネルギーを掲げて国のエネルギー政策に真っ向から立ち向かう姿は、因縁だと云うわけです。こじつけだとと言えば言えます。しかしながら、いつの時代でも、危険の最前線には弱者が立たされ、国家や資本は弱者を犠牲にして自己保存を計るということを考えれば、孫正義の一連の行動は、著者の言うように「因縁」なのかもしれません。

 佐野眞一は、孫正義の伝記を書きながら、空間軸では朝鮮半島から九州へ福島へ、時間軸では日本の朝鮮支配から在日三世代の軌跡をたどり、孫正義という異端から日本の現代を照射して見せてくれます。我々が孫正義に感じる「いかがわしさ」こそが、私自身のいかがわしさであり、この日本のいかがわしさなのかもしれません。

 孫は...鳥栖駅前の朝鮮部落に生まれ、豚の糞尿と密造酒の強烈な臭いの中で育った。日本人が高度経済成長に向かって駆け上がっていったとき、在日の孫は日本の敗戦直後以下の極貧生活からスタートしたのである。その絶対に埋められないタイムラグこそ、おそらく私たち日本人に孫をいかがわしいやつ、うさんくさいやつと思わせる集合的無意識となっている。
 高齢化の一途をたどる私たち日本人は、年寄りが未来のある若者をうらやむように、底辺から何としても這い上がろうとして実際にそれを実現してきた孫の逞しいエネルギーに、要は嫉妬している。

 そして孫正義に感じる「いかがわしさ胡散臭さ」が無くなったかと言えば、ソフトバンクが繋がりやすくなったというCMはやはり信じません(笑。

【『ハシシタ・奴の本性』】
 『ハシシタ・奴の本性』に戻ります。佐野眞一は、橋下の言動を、テレビの視聴者を相手にしたポピュリズムと斬って捨て、現在を

 ワイマール憲法下、少数複数政党の連立内閣が乱立したため政策の安定性を著しく欠き、ヒトラー率いるナチ党が台頭する温床となった1930年代のドイツとよく似ている。(週刊朝日1012.10.26)

とし、

 出口がまったく見えない長期不況の中で、国民のフラストレーションはたまりにたまっている。その不満の捌け口を親方日の丸の公務員や、経済的に安泰の国会議員に向けて爆発させる橋下の手口は、“ハシズム”と呼ばれるように、たしかにヒトラーに似ている。(週刊朝日1012.10.26)

とヒトラー呼ばわりします。

 もし万々が一、橋下が日本の政治を左右するような存在になったとすれば、一番問題にしなければならないのは、敵対者を絶対に認めないこの男の非寛容な人格であり、その厄介な性格の根にある橋下の本性である。
 そのためには、橋下徹の両親や、橋下家のルーツについて、できるだけ詳しくしらべあげなければならない。(週刊朝日1012.10.26)

 ただ、「橋下徹の両親や、橋下家のルーツについて、できるだけ詳しくしらべあげ」ることが、橋下徹という人間を解明することになるかどうか?。出自が人格を作り上げると云う論歩で話しを進める佐野眞一自身も、「非寛容な人格」そのものでは無かろうかと思うのですが。
 『あんぽん 孫正義伝』で使われた手法、在日三代にわたる調査は物語としては面白いです。出自が孫正義の今日を作り上げた「根」であるというには、ちょっと説得力に欠けます。従って、ルーツを三代前まで遡って調べても、大阪庶民の近代史として面白いノンフィクションにはなるでしょうが、橋下徹の解明になるのかどうか疑問です。著者も書いているように「ヒトラー率いるナチ党が台頭する温床」をこそ遡上に上げるべきでしょう。 
 佐野眞一は、橋下徹に売られた喧嘩を買って、『ハシシタ・奴の本性』を完成させ、唯々諾々と時流に尻尾を振った朝日新聞を俎上に『アサヒ・奴の本姓』を書いて頂きたいものです。
 
 古代、韓国南部と北九州は対馬海峡を挟んでひとつの政治・文化圏を形作っていたのではないかという話しがあります。著者が 『あんぽん 孫正義伝』で描いたのは、現代の「海峡の物語」ではないかと思います。

【当blogで取り上げた、佐野眞一】
東電OL殺人事件 (2000)
東電OL症候群 (2001)

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