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読書 スティーヴン・キング ドロレス・クレイボーン [日記(2013)]

ドロレス・クレイボーン (文春文庫)
 映画『黙秘』の原作です。家政婦ドロレス・クレイボーンと、その雇い主の富豪の未亡人ヴェラ・ドノヴァンのふたりの“性悪女”の物語として、映画以上に奥行きを持ったサスペンスです。さすが稀代のストーリー・テラーのスティーヴン・キング、30度を越える猛暑の中一気に読んでしまいました。

 粗筋を知っているのでサスペンスとしての面白さは半減しますが、例えば、

 あたしのいうことはなんでも、法廷で不利な証拠として使われるかもかもしれない、だって?開いた口が塞がらないってのはこのことだね。それから、フランク・プルー、あんたのその薄ら笑いなんとかしてくれよ。いまじゃいっちょまえのおまわりさんかもしらんけど、ついこないだまで、そのヌケ作みいたいな薄ら笑いをうかべ、オムツがずり落ちそうな恰好で駆けまわってたじゃないか...。

映画でドロレスを演じたキャシー・ベイツの顔と素振りが目に浮かびます。映画は、どちらかと言うとドロレスの娘セリーナが狂言回しとなって母ドロレスを語る構造になっていましたが、小説は最初から最後までドロレスの一人称による告白から成り立っています。

 冒頭からいきなり、殺人容疑で取り調べを受けるドロレスからスタートします。ここでは、誰を殺した容疑であるかは明かされません。ドロレスは、家政婦として仕えたヴェラとの40年、そして29年前の夫ジョーの殺害について語り始めます。この独白が、章立てもなく、1行の空白もなく文庫本で350頁、延々と続きます。65歳の初老の家政婦の、時には下品な言葉も挟んだ毒舌は読み応えがあります。やがて、ジョー殺害にはヴェラが深く関わっていたことが明らかにされます。

 ドロレスとヴェラの戦い「大“糞”発」の迫力には驚かされます。何かというと。痴呆症で正気と狂気を行ったり来たり、ベッドに寝たままとなったヴェラは、ロドレスを困らせてやろうとわざと粗相をするわけで、その粗相たるやすさまじいもので、溜めに溜めた糞便を排泄し部屋中にまき散らします。この「大“糞”発」をめぐるドロレスとヴェラの駆け引きは笑いを誘いますが、

(シーツを干す際)洗濯ばさみは6個だよ、ドロレス!いいかい、6個!4個じゃだめ!

という何事にも自分の流儀を持つ誇り高いヴェラが老醜をさらすわけで、「大“糞”発」は悲惨を通り越して壮絶です。ドロレスは、あの女狐の腐れ根性とヴェラを非難しつつ、彼女を悩ませる幻覚「綿ぼこり坊主」を退治してやり、怯えるヴェラに添い寝して寝かしつけるという、老女ふたりの生活が語られます。そして、ミセス・ドノヴァンをファーストネームでエヴァと呼ぶようになった経緯が明らかにされます。

 ボルチモアの富豪ヴェラは、夏の間だけドロレスの住むメイン州の離島リトル・トートにある別荘に滞在し、ドロレスは家政婦としてこの屋敷に勤めるいう関係です。ドロレスにミセス・ドノヴァンと呼ばせたヴェラが、ファーストネームで呼ぶことを許したのは、ある出来事があってからです。
 ドロレスの娘セリーナは、アル中の夫ジョーのセクハラで自殺寸前まで追い込まれます。これを知ったドロレスは、子供3人を連れて本土に逃げようとしますが、当てにしていた彼女が3人の子供の為に貯めた預金は、全額が夫ジョー名義に書き換えられていることを発見します。
 ジョーは、アル中の上にドロレスに暴力をふるい、実の娘にはセクハラ、成績の良よ息子を軟弱と非難し末の息子を不良にしかねないという、とんでもない夫であり父親。子供の成長だけを楽しみに生きてきたドロレスにとって、娘へのセクハラと銀行預金の横領は彼女を絶望の淵へと追いやり、絶望は殺意へと変わります。

 ドロレスは、この絶望と殺意のないまぜとなった胸の内をヴェラに打ち明けます。ドロレスの話を聞いたヴェラのひとことは...

女というものは、ときには性悪になるしか、しかたがないときだってあるの
事故というのは、ときには、不幸な女の最上の味方になることがあるのよ
停止が死ぬのはべつに珍しいことじゃないのよ、ドロレス。・・・亭主は死んで、財産を妻に残すのよ。


 ドノヴァン一家は、夏になると避暑のためにこのリトル・トートの別荘を訪れ、夏が過ぎるとボルチモアに帰ってゆくとう習慣でした。ドノヴァンが亡くなり、ヴェラが別荘を訪れる回数は増え、やがてリトル・トートに住むようになります。女というものは、ときには性悪になるしか、しかたがないときだってある このひとことは、ヴェラの夫殺しの告白であり、ヴェラは、自分が事故に見せかけて夫を殺したようにジョーを殺せとドロレスをけしかけたのです。ヴェラはドロレスは、不幸な女の「夫殺し」で連帯し、ドロレスにファーストネームで呼ぶように申し渡します。

 そして、リトル・トートが皆既日食の闇に飲み込まれる時、誰もが空を見上げ足元を見つめることのないその時、ドロレスの夫殺しは実行に移されます。
 金環蝕で星の輝く蒼天の元で行われる夫殺しもまた壮絶です。

 稀代のストーリーテラー、うまいです。ドロレスが誰を殺したのかを明らかにせず、29年前の夫殺しと夫殺しを示唆したヴェラとの関係を語り、「不幸な性悪女」ふたりが寄り添って生きる姿を描き、果てはドロレスの容疑はヴェラの殺害です。痴呆症を患いベットの上で糞便を垂れ流す屈辱に絶えられなくなったヴェラは、意識が晴れたわずかな時をねらって自殺を図り、死にきれずドロレスに「殺してくれ」と懇願します。40年の絆と「不幸な性悪女」を共有するドロレスは、ヴェラの頭上に大理石の麺棒振り上げるわけです。 

タグ:読書
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