高村 薫 黄金を抱いて翔べ 新潮文庫 [日記(2006)]
エッセイ集「半眼訥訥」の中で、作者は「黄金を抱いて翔べ」は大阪の夏の暑さが主人公であると書いている。真夏の読書としてまことにふさわしい。
「(大阪は)無秩序と図々しさと無神経の、胃袋みたいな街」「そこで起こる事件なら、そこにふさわしいやり方というものがあって当然だ。押し込み方も、逃げ方も、東京と大阪ではやり方が違う。無造作で、不細工だが奇抜で、どうしようもなく短絡的で衝動的だが、痛快無比の大団円。」
大阪の事件は東京とは違うのだ、「痛快無比の大団円」が期待を膨らませる。
「初めに金塊ありき。金塊は我々と共にありき。我々の結束は肉の欲にあらず、ただ金塊によって生まれしものなり。ただし言っておくが、頂戴するのは5百キロ、十億円分だ。一人頭二億。」北川のヨハネ福音書の冒頭をもじった宣誓から幕が開く。
過去の闇の深さを感じさせる幸田、繊細さと大胆さを合わせ持つリーダー北川、電気技術者の野田、爆発物のプロモモ、元エレベーターサービスマンのジイちゃん、北川の弟春樹とひと癖もふた癖もある6人が、銀行地下にある百億の金塊強奪を企む。
正調ハードボイルド!夏の暑さを忘れさせてくれる1冊。残念なことに、舞台は大阪だが大阪のノリが無い。もっとも、ハードボイルドと大阪弁や吉本のノリは合わないだろう。次は黒川博行かな。有明夏夫の「浪速の源蔵シリーズ」もある(今検索をかけて知ったが、有明夏夫氏は平成14年に亡くなっておられる。)。
合田雄一郎シリーズには比ぶべくも無い →☆☆☆★★
追記
それぞれの分野のプロが集まって、犯罪それも胸のすくような強奪を行う設定に新鮮味は無い。「黄金を抱いて跳べ」の魅力は、己の欠落感を埋めるように犯罪に走る6人の人物設定にある。作者はエッセーで「わたくしは小説の主人公を造形するときに、その人物が子供のころに、どんな食卓でどんなものを食べていたかを、必ず考えてみることにしている。」と舞台裏を語っているが、「子供のころの食卓」が想像できなくもない。
「大阪の夏の暑さ」が生んだ犯罪かどうか、結末が「無造作で、不細工だが奇抜で、どうしようもなく短絡的で衝動的だが、痛快無比の大団円」かどうかは別として、夏の暑さを忘れさせてくれるクライム・ノベルである。
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