ロバート・ R・マキャモン 狼の時 [日記(2010)]
幻想小説の傑作(だと思っている)『少年時代』のマキャモンが放つ『人狼伝説』。
主人公はマイケル・ガラティン、ロシア出身の英国陸軍少佐で、狼男。何故狼男かは、上巻で詳しい説明があります。狼のある種のウィルスが作用しているらしいのですが、説明されても、当然納得はできませんね。
この狼男になった経緯はなかなか迫力のある描写で、8歳の少年が生肉嗜好者になり、骨をギシギシいわせて狼男に変身します。中盤に、マイケルが属する人狼のグループが本物の狼に襲われ描写があるのですが、これも凄い。血とヴァイオレンスが苦手な方は、特に食事前には読まない方がいいと思います。『少年時代』を期待すると裏切られます。
主人公が狼ですから、マイケルはやたら鼻が効きます。例えば、
以前ロンドンの街角で女物を白い手袋を拾ったとき、彼はそこに真鍮の鍵とレモンティーとシャネルの香水のにおい、高価な白ワインのの甘い香り、複数の男の体液のにおい、ごくかすかな古い薔薇の香り、それにもちろん、道路に落ちた手袋を轢いていったダンロップのタイヤのゴムのにおいを嗅ぎ取ることができた。
マイケルが初めてパリに入ったときも、パリの情景は視覚ではなく嗅覚で表現されます。なかなかリアリティーにあふれた語り口で感心します。
このマイケルが、米英軍からパリに潜り込んだスパイの救出を依頼されるところからストーリーは展開します。当時のパリはナチの占領下にあります。アメリカのスパイは連合軍の反攻作戦に影響を及ぼす重大な秘密を掴んでおり、ナチはこのスパイを囮に泳がせているという状況下にあります。救出作戦は失敗しますが、このスパイから『鉄の拳』という謎のキーワードを入手し、レジスタンスの協力を得てベルリンに潜入します。
この人狼がナチをやっつけるストーリーがメインテーマで、マイケルが人狼となって成長するスーリーがサブテーマ。一冊でふたつの物語が楽しめます。英国諜報員のスパイ・アクションとしては少し類型的ですが、この人狼のサブテーマは魅力的です。機関車と競争し轢かれて死ぬ人狼のエピソードは、マキャモンならではでしょう。人狼伝説を正面から書けば、『少年時代』を超える幻想小説になったのではなかろうかと思います。
残念なことに、ロバート・ R・マキャモンのミステリーは殆ど絶版!
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