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宮尾登美子 陽暉楼 [日記(2012)]

陽暉楼 (文春文庫)
 宮尾登美子は、「櫂」「春燈」「朱夏」「寒椿」「岩伍覚え書」と読んで来ました。発表順から云うと、櫂→陽暉楼→寒椿→岩伍覚え書で、本書は作家の2作目に当たります。
 「櫂」は、妓楼に芸妓を斡旋する「紹介業」を舞台に、女衒・岩伍に嫁いだ喜和と作家の分身と思しきその娘綾子の物語でした。
 「櫂」に続く「陽暉楼」では、花柳界(女が女「性」を売る)という特殊な世界・妓楼とその周辺で生きる女達を描いています。娘を買って芸妓に育てる子方屋と、子方屋に売られ、芸妓二百数十人を抱え西日本一を誇る土佐の陽暉楼一の踊りの名手となった桃若(房子)の物語です。
 余談ですが、三作目の「寒椿」では、子方屋で育った4人の芸妓の来し方行く末が「櫂」の綾子によって語られ、第四作では、「櫂」の裏の主人公であった岩伍が一転表舞台に飛び出し、女衒の世界を語り出します。

 これでええ、これでええ、と合点し乍ら、五色のテープが地面に落ち散らばり、もう雀いろに昏れて了った岸壁にやっと辿り着いたとき、房子は走り走り泣いていた自分に気がついた。

 これは、惚れた客・佐賀野井の洋行を見送ろうと座敷を抜け出して房子が港に駆けつけるシーンです。「櫂」ゆずりの、この読点で区切った長目のセンテンスは、文章に幾分古風な独特のリズムを作り出しています。

 陽暉楼一と謳われ舞一筋に生きてきた房子が、芸妓故に客に身を任せ馴染みも出来その世界の荒波にもまれてゆく話が、高知の季節と陽暉楼の行事を背景に描かれます。物語が一段落したところで、房子に恋が訪れます。

 まだ二十代の若さで何回銀行の跡取りやし、帝大出で押し出しは立派やし、どこから見てももう光り輝いて後光がさしよる。云うて見れば一張羅の人や。そこら辺りのお店の若旦那とは格が違う。
 ふうちゃん、こんな人にしんそこ惚れて了うたら、私らは身の破滅やないかしらん。

 房子から打ち分けられた時の、「姉」鶴之助の意見です。鶴之助の心配通り、恋の相手佐賀野井は洋行し、房子は佐賀野井の子供を宿していることが分かります。

 この辺りから「陽暉楼」の第二部です。綾子の妊娠を知った子方屋の「かかさん」は、父親と考えられる馴染みの客(旦那)と交渉に入り落籍の話しをつけます。一方、佐賀野井を諦めきれない房子は、この落籍の話しを拒絶し、自ら借金増やしてでも子どもの養育を決意します。
 房子の妊娠によって彼女を縛る借金や、子方屋と抱えの芸妓の関係が一気に小説の前面に出てきて面白いです。この時点で、房子が背負った最初の借金はほぼ返済されていますが、出産にかかる費用、芸妓として休んでいる間の花代、子方屋での食費、衣装代等が千四百円の新たな借金となり、この返済に4年間、房子は子方屋に縛られることとなります。この房子の一本気な決意が新たな展開を生み、物語は一気に悲劇の様相を帯び終末へ突っ走ります。

 陽暉楼の百八十畳の座敷で繰り広げられる踊りの裏には、こうした人身売買にも似た悲惨な現実が潜んでいるのです。 この特殊な芸妓の世界で、意地と張りをかけた女達の戦いが演じられます。男は形無しの世界で、佐賀野井はもちろん、房子の父勝造にしろ陽暉楼の主人「お父さん」にしろ刺身の「ツマ」にしかすぎません。「岩伍覚え書」で硬派の男を読んだだけに落差を感じ、なおのこと女は強い、恐ろしい、と思ってしまいます。男の出る幕の無い小説です。
 それに加え女たちの何と生き生きとしていることか。抱えの芸妓から搾り取ることしか考えない子方屋の女主人「かかさん」、房子のライバル胡遊、姉芸妓鶴之助、したたかな仲居お駒さんなどなど。色と欲と意地を賭けた女のドラマは圧巻です。
 

タグ:読書
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