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kindleで読書 笹本稜平 春を背負って [日記(2014)]

春を背負って (文春文庫)
 偶然聴いたNHKラジオドラマ(新日曜名作座)がきっかけです。2012年の2月~4月まで、全6回の放送があったようで、私が聴いたのは、表題作の『春を背負って』と『野晒し』でした。ドラマの静謐な語り口に魅せられて原作者の名前だけは控えておいたのですが、その後忘却。映画化されると新聞で読んで、ちょうどkindle版があり読んでみました。正直、kindleの‘1-click’はヤバイですね(笑。

 奥秩父の山小屋「梓小屋」の小屋主・長嶺亨と小屋を手伝う66歳の多田悟郎(ゴロさん)を主人公に山にまつわる短篇集です。
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春を背負って
 長嶺亨が、父親が営んでいた「梓小屋」を継ぎ、父親のワンゲル部の後輩ゴロさんと出会う話しです。亨は大手メーカーの技術職を脱サラして、亡くなった父親の跡を継ぎます、まぁ無難な設定。面白いのはゴロさんです。亨の父親が夢枕に立ったと言って、経験のない亨をサポートして山小屋を手伝います。面白いのは、一年の半分は梓小屋で働き、残りの半分は東京周辺のどこかでホームレス暮らし、という設定です。この自然体に生きるゴロさんの存在が、小説に奥行きを与えています。
 亨とゴロさんの出会いも、普通では面白くないので事件が描かれます。ゴロさんがコンビニ強盗殺人の容疑で逮捕されるのですが、亨は当然ゴロさんをかばいます。かばうこと自体ゴロさんを疑うこととなるわけで、そのあたりの二人の心の綾も小説に陰影をもたらします。
 奥秩父という決してメジャーではない山を背景に、人と人の心のふれあいが描かれます

花泥棒
 「梓小屋」に女性の手伝い美由紀が現れ、亨とゴロさんの男ばかりの殺風景な話に彩りを添えます。当然、事件が用意されます。
 梓小屋は、国師ケ岳(2592m)と甲武信ケ岳(2475m)の稜線にある架空の小屋です。この付近はシャクナゲの群落があるようで、『花泥棒』の背景はこのシャクナゲの花です。シャクナゲの株を盗掘する輩が出没し、亨とゴロさんは赤外線センサーを取り付け盗人を捕まえようとします。ところがセンサーに引っかかったのは遭難者。ふたりに救けられた遭難者の美由紀は自殺するつもりだったことが明らかになり、彼女の口から「シャクナゲの群落」の秘密が語られます。
 
野晒し
 山道補修のため出かけたゴロさんが谷で白骨死体を発見し、その遭難者にまつわる怪談めいた話しです。遭難死体は青いヤッケを着てザックは流されたのか見当たらず、身元を確認するものは何も持っていません。死体は警察によって身元不明の遭難死として処理されます。
 それから少し経って、予約客のひとり84歳の大下と名乗る老人が予約時間を過ぎても小屋に到着しないという事件が起きます。亨とゴロさんは、遭難を心配して老人を探しに行き、大下老人から谷に迷い込んで方向を見失ったと云う携帯に電話が入ります。GPSを使って現在地をメールさせると、遭難現場は何とあの白骨死体が発見された場所です。老人はザックを無くし、青いヤッケを着ているところまで白骨死体と同じで、幽霊が電話をしてきたのでは...。

 この事件で、亨、美由紀、ゴロさんが、遭難死した人の人生について話すシーンがあります。

人生で大事なのは、山登りと同じで、自分の二本の足でどこまで歩けるか、自分自身に問うことなんじゃないのかね。自分の足で歩いた距離だけが本物の宝になるんだよ。

とは、ゴロさんの弁です。都会の喧騒の中で語れば手垢にまみれた言葉も、奥秩父の山小屋の炉戸でゴロさんの口から出ると、ナルホドと考えてしまうところがこの小説の上手いところです。

 ブックレヴューに、奥秩父のこの辺りでは携帯は通じない、樹木の鬱蒼と茂る谷でGPSは使えない、白骨死体と大下老人の関わりがご都合主義だという批判めいたことが書いてありました。そう言えば言えなくもないわけですが、ここは騙されてゴロさんの言葉に耳を傾けた方がいいように思います。

【ゴロさん語録

小屋仕舞い
どうしてそうまでホームレスにこだわるのかといてみても、禅問答のような答えしか返ってこない。 「そこがおれという人間の原点でね。人間だれでも素っ裸で生まれてきて、あの世へだって手ぶらでいくしかない。それが本来自然の姿で、金やら物やら名声やらを溜め込めば、それだけ人生が重荷になっていく

疑似好天
まあ、よかったんじゃないの。ご主人は亡くなったけど、あの奥さん、一生使っても使い切れないくらいの財産を受けとったような気がするね

荷揚げ日和
不幸ってのは人間を育てる肥しなのかもしれないね

 山に行ってみたい、山小屋に泊まってみたいと思わせる小説です。そこに行っても、亨やゴロさんも美由紀にも会えるわけはないのですが。

タグ:読書
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