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嵐山光三郎 文人暴食 [日記(2014)]

文人暴食 (新潮文庫)
 『文人悪食』の続編です。小泉八雲から寺山修司まで、37人の文人を食から捉えた作家論です。本書も、文人たちの意外な側面が描かれ、面白いです。『文人悪食』で取り上げられなかった織田作之助がやっと登場しました。
 文人を「食」に引っ掛けて眺めてみれば、どんな姿が見えるのかということです。饅頭茶漬けの鴎外、借金まみれで奢らせ上手の美食家啄木、ステーキに舌鼓をうつ賢治などなど(『文人悪食』)。なるほど、生な欲望に根ざした「食」から、文人のもうひとつ姿を浮かび上がらせる光三郎マジックは鮮やかです。

【小泉八雲】 一椀に白魚の泣き声を聞く
 隻眼(左目失明)がハーンの「文人」としての基底にあるのではないかという話です。ハーンは、父をアイルランド人母をギリシア人に持ち、離婚によって母とは6歳で分かれ、15歳で左目失明、父とは16歳で死別。学費を出してくれた叔母も破産と、散々な目にあっています。17歳でロンドン、NY、シンシナティと流れ、新聞記者となって、1890年、40歳の時に日本に来ます。
 本書によると、ハーンは日本で現地妻を望んで小泉セツと知り合いますが、たちまち尻に敷かれ結婚させられ?てしまいます。米国で黒人との混血女性と結婚、離婚し、西インド諸島でも現地の娘と遊んだようですから、その延長線上で「捕まった」のでしょう。家庭的に不幸であった少年時代を持つハーンは、帰化して三男一女の父親となります。『怪談』の共著者セツ夫人は相当の賢婦だったのでしょう。
 隻眼の話です。隻眼であるためかハーンの聴覚は常人に比べて鋭かったようで、「一椀に白魚の泣き声を聞く」というエピソードとなります。白魚の吸い物を漆器の椀に入れたため、椀から音が聞こえたのです。それをハーンは「泣き声」と聞いたのです。
またハーンは、左右の下駄の音の違いを聞き分けたと言います。「八雲は椀の中に物語を幻視する人であった」と著者は書きます。『耳なし芳一』を書いたハーンならではのエピソードです。

 ハーンは、奈良漬けが好物で、味噌汁から納豆まで日本食は何でも食べたそうです。ギリシアで生まれ、ダブリン、ロンドン、シンシナティ、西インド諸島、日本と流れたボヘミアンは、女性においても食においてもボヘミアンだったようです。そのボヘミアンが「椀の中に物語を幻視する人」となるのは、やはり彼の鋭い聴覚が原因なのかも知れません。

【織田作之助】 飢餓恐怖症文学
 大阪の「うまいもん」をずらりと並べた『夫婦善哉』の織田作を抜きにして、『文人悪食』は語れないと思っていたのですが、『暴食』になってやっと登場です。光三郎センセイは、自由軒のカレーライスを始め、「しる市」のどじょう汁と皮鯨汁、「出雲屋」のまむし、「正弁丹吾亭」の関東煮など、『夫婦善哉』にある一連の大阪の味を食べ歩いたそうです。で美味かったのかどうかというと、どうでもいいことですがはっきりしません。自由軒のカレーライスの辛さに織田作を偲んでいるだけです。

 「飢餓恐怖症文学」は、『大阪の憂鬱』にある、闇市場の食堂で、カレーライス、天丼、オムライス、にぎり寿司と次々に喰う青年の話です。

 きけばその青年は一種の飢餓恐怖症に罹っていて、食べても食べても絶えず空腹感に襲われるので、無我夢中で食べているという事である。逞しいのは食慾ではなく、飢餓感だったのだ。
 私は簡単にすかされてしまったが、大阪の逞しい復興の力と見えたのも、実はこの青年の飢餓恐怖症と似たようなものではないかと、ふと思った。

 それに引っ掛けて、著者は織田作は文学の「飢餓恐怖症」に陥っていたのだと言います。書きたいものが書けないという戦争中の「飢餓状況」は、『世相』に余すところ無く書かれています。敗戦によって表現の事由が解禁された昭和21年、闇市の食堂で、カレーライス、天丼、オムライス、にぎり寿司と次々に喰う飢餓恐怖症の青年のように、織田作は『六白金星』『世相』『競馬』を発表し、『それでも私は行く』(京都日日新聞 4/25~7/25)、『夜の構図』(婦人画報 5月号~12月号)、『夜光虫』(大阪日日新聞 5/24~8/9)、『土曜夫人』(読売新聞 8/30~12/8)と、続々と新聞に連載小説を書き出しだします。

 本書で初めて知たのですが、織田作は酒が飲めなかった様です。酒場のカウンターで革ジャンパー姿酒豪の檀一雄は料理(調理)と酒で紛らわせて生き残り、坂口安吾はヒロポンとアドルムで命を落とし、太宰は情死します。織田作はヒロポンの勢いで書きまくり命を落とします。

タグ:読書
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