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村上春樹 職業としての小説家 [日記(2016)]

職業としての小説家 (Switch library)
 誰だったか忘れましたが、あるミステリ作家は、小説を書くために近所にマンションを借り、毎朝定時にこのマンションに「出勤」し小説を書いて帰宅する、という話を読んだことがあります。
 この本で述べられていることも、ほぼそれに近く、職業作家・村上春樹が小説を執筆する孤独な作業の楽屋裏が明かされます。
 
第六回 《時間を味方につける-長編小説を書くこと》

 長編小説を書く時は、他の仕事は一切せず、仕事は長編小説一本に絞り込むそうです。書ける時もノラない時も1日に原稿用紙10枚をノルマとして書き続けるそうです。1日10枚なら1ヶ月で300枚、半年で1800枚。『海辺のカフカ』は1800枚ですから半年かかったわけです。第1稿を書き終えると休息をとった後1~2ヶ月かけて1回目の書き直しに入り、1周間置いてさらに2回目の推敲に入り、ここで半月か1ヶ月小説を「寝かせる」そうです。寝かせた後3回目の書き直しに入り、一応の完成を見ます。その後、第三者(奥さん、編集者)に読んでもらい、意見を聞き、4回目の書き直しに入りやっと完成となります。
 1本の長編小説に4回の推敲が入り、意外なことに第三者の意見を聞くという工程?まであります。ゲラの段階でさらに書き直しが加わるといいますから、小説家が小説を書くと云うよりも、ひとつの仕事を仕上げるプロの職人技を見る(聞く)思いがします。著者はこれを「とんかち仕事」と呼んでいますが、言い得て妙です。
 この「第三者の意見を聞く」というのは納得しかねる話ですが、読者は一般の「普通の人」ですから、これはこれで正当なことかもしれません。

時間は、作品を作り出していく上で非常に大切な要素です。とくに長編小説においては、「仕込み」が何より大事になります。自分の中で来るべき小説の芽を育て、膨らませてゆく「沈黙の期間」です。・・・そのような仕込みにかける時間、それを外に出して自然の光に晒し、固まってきたものを細かく検証し、とんかちしていく時間・・・

 出だしは快調だが途中からダレ、散漫な結末で終わる小説を読まされることがあります。連載を本にまとめたものにこの手の小説が多いです。村上春樹にとって小説は書き下ろしが鉄則で、画家が一枚の絵を仕上げるように、一旦書いたものをタテからヨコから眺め、削り、足し、丹念に塗り重ねる作業を時間を時間にかけるのです。まさに、プロの仕事はこうなんだという話です。

 長編小説を仕上げるには、1年以上時には3年かかるそうです。この1年、3年の間、小説家も生きてゆかねばならないわけで、他の仕事を一切断り長編一本にかかりきりというのは、売れてくれば別ですが結構大変なのではないかと思います。「村上春樹」だから出来ることのようにも思えます。著者も売れていない頃はジャズ・バーを正業に小説を書いていましたが。

第七回 《どこまでも個人的でフィジカルな営み》

 村上春樹がフルマラソンを走るランナーであることは有名です。著者によると(走ることは好きらしいですすが)、これも小説を書く体力を養うためだそうです。この章は、職業としての小説家には体力が不可欠であるという話です、小説を書くという云うことは「フィジカルな営み」でもあるという話です。

毎日5時間か6時間・・・一人きりで座って、意識を集中し、物語を立ち上げていくためには、並大抵ではない体力が必要です。・・・中年期を迎えるにつれ、残念なが体力は落ち、瞬発力は低下し、持続力は減退していきます。体力が落ちてくれば、それに従って、思考する能力も微妙に衰えを見せていきます。

 職業としての小説家は、体力維持のために1日1時間、30年間走り続け、年に1回はフルマラソンを完走しているのです。
 (そうは書いていませんが)健全な精神は健全な肉体に宿ると云うわけです。この「フィジカル」の中には精神も含まれます。ロンドンの郵便局に勤めながら小説を書いていたアンソニー・トロロープと、プラハの保健局の優秀な公務員であったカフカの話が出てきます。小説家という職業は、人間の心の闇に碇を下ろすような結構危険な職業です。この闇に飲み込まれては職業は成立しません。飲み込まれないために、もう一方の軸足はしっかりと地面に置く必要があります。著者は、

穏やかな郊外住宅に住み、早寝早起きの健康的な生活を送り、日々のジョギングを欠かさず、野菜サラダを作るのが好きで、書斎にこもって毎日決まった時刻仕事をするような作家

だそうで、ちょっと笑ってしまいます。

 この本の面白いのは、『職業としての小説家』を『職業としてのXXX』と置き換えて読むことが出来ることです。XXXに入る言葉は、ほとんどすべての職業が当てはまります。私は、『職業としてのサラリーマン』として読んでしまいました、ビジネス書としてもお薦めです(笑。
 
***** 目次 ***** 
第1回 《小説家は寛容な人種なのか》
第2回 《小説家になった頃》
第3回 《文学賞について》
第4回 《オリジナリティーについて》
第5回 《さて、何を書けばいいのか?》
第6回 《時間を味方につける-長編小説を書くこと》 
第7回 《どこまでも個人的でフィジカルな営み》
第8回 《学校について》
第9回 《どんな人物を登場させようか?》
第10回 《誰のために書くのか?》
第11回 《海外に出て行く。新しいフロンティア》
第12回 《物語のあるところ・河合隼雄先生の思い出》

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コメント 2

Lee

詳細な解説ありがとうございます。カフカがそんなお堅い職業だとは知りませんでした。
by Lee (2016-04-16 09:13) 

べっちゃん

文章も平易で気楽に読め、村上春樹のファンでなくとも楽しめます。
by べっちゃん (2016-04-17 08:17) 

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