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藤沢周平 義民が駆ける [日記(2007)]

義民が駆ける

義民が駆ける

  • 作者: 藤沢 周平
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/09
  • メディア: 文庫

 教科書でも習う「天保の改革」の推進者・水野忠邦によって企てられた荘内藩の国替えと、それに立ち向かう農民を描いた物語である。表高十五万石、実質二十万石、天保の大飢饉にひとりも餓死者を出さなかった裕福な荘内藩に目を付けた川越藩が、大奥経由で時の大御所・徳川家斉を動かし国替えを迫るところから物語は始まる。川越藩は、家斉の(二十四番目の)子を養子に迎えている将軍家との縁戚を武器に、荘内藩への移封によって逼迫した財政の立て直しを目論んだ。領民にとって、国替えは単なる領主の交替だけではなく、生活そのものに大きな影を落とす。去る領主は取れるものはすべて収奪しようとし、新たな領主は、国替えの費用を年貢に上乗せして徴収しようとする。まして新領主は財政困窮した川越藩であり、苛斂誅求が予測される。ちょっとした冷害不作で餓死者が出る当時の東北の農民にとって、この国替えは死活問題であり、命を賭けた反対運動を引き起こすこととなる。

「義民が駆ける」には、国替えを命じる老中・水野忠邦、これを迎え撃つ荘内藩家老・松平甚三郎、江戸留守居役・大山庄大夫、農民を指導する書役(町年寄の補佐役)・本間辰之助とそれを財政面で支える酒田の豪商・本間光暉など多くの人物が登場するが、主人公は農民である。宮野浦の佐助や黒森の彦右衛門といった個々の農民ではなく、主君の出府を阻止しようと集まる「雖為百姓不可仕二君(百姓と雖も二君に仕えず)」の幟をてる十万の集団であり、有力大名、老中、町奉行外幕府要人への陳情のために江戸へ上る(大登り)九百人に及ぶ農民の集団である。嘆願のため、五人十人と、江戸を目指し蟻のように荘内領を這い出す百姓の群れの描写はこの物語の象徴であろう。

「あの男たちが荘内の百姓が幕府につきつける、一本の鎌だ。」

この行動が、諸大名の同情を誘い、もともと名文の無い国替えを葬る。どこまでが事実でどこからが創作なのか分からないが、これほどの農民運動が、単なる一揆打ち壊しとは異なる組織された集団訴訟・示威行動が江戸時代にあったことを初めて知った。

藤沢周平には、「用心棒日月抄」を始め主人公の人物像がくっきりとした物語が多いが、「義民が駆ける」は農民集団を主人公として、幕府、荘内藩、江戸屋敷など「天保一揆」を多面的に描写している。それが魅力でもあり、物足りなさでもある。これだけの事件であれば、文庫本●ページに収めるのではなく、主人公を特定した長編として読みたい気もする。この運動から落ちこぼれた農民もいたことだろうし、川越藩や幕府の隠密行動、切り崩しもあった筈である。

ということで、少し物足りない →☆☆☆★★


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