SSブログ

レイモンド・チャンドラー 長いお別れ [日記(2007)]

長いお別れ

長いお別れ

  • 作者: レイモンド・チャンドラー, 清水 俊二
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1976/04
  • メディア: 文庫

 村上春樹の新訳が書店で平積みされている。ここ(正確にはここ)で丸谷才一が褒めていて、清水俊二の旧訳も名訳だと書いていたので読んでみた。村上春樹のハードカバーは2000円と高いが、古本の旧訳で十分楽しめた。丸谷才一の云うように「長いお別れ」が文学であるかどうかは別にして、清水俊二訳は1976年の訳だが現在でも十分通用する(名)訳であると思う。例えば物語のヒロイン、アイリーン・ウェイドが登場する場面、

 「としをとった給仕がそばを通りかかって、残り少なになったスカッチと水をながめた。私が頭をふり、彼が白髪頭をうなずかせたとき、すばらしい"夢の女"が入ってきた。一瞬、バーの中がしずまりかえった。活動屋らしい男たちは早口でしゃべっていた口をつぐみ、カウンターの酔っぱらいはバーテンに話しかけるのをやめた。ちょうど、指揮者が譜面台をかるくたたいて両手をあげたときのようだった。」

 原文がいいのか訳が巧いのか、鶴が舞い降りた一瞬のバーの情景を見事に捉えている。句点で短く区切る文体がハードボイルドだと、何処かで読んだおぼえがあるが、この清水俊二の訳に拠るものかもしれない。訳は短いセンテンスの連続で小気味のいいテンポである。 チャンドラーというかフィリップマーロウにはこの一冊で完全にはまってしまった。マーロウが一人称「私」で語る生き方は、ともかくもカッコイイの一言に尽きる。ロールスロイスに乗った酔っぱらいを介抱したことで物語が始まる。巻き込まれ型の典型だ。酔っぱらいは億万長者の娘と結婚していて、やがてその妻が殺される。酔っぱらいはマーロウにメキシコへの逃亡の手助けを依頼する。酔っぱらいは遺書を残して自殺し、マーロウは殺人犯の逃亡幇助の疑いで逮捕される。こうして彼とカリフォルニア上流社会との関わりの中で物語は進行する。 キャプションよると

「ハードボイルドの巨匠が、みずみずし文体と非情な視線で男の友情を描き出した、畢生の傑作」

と云うことだが、「みずみずし文体と非情な視線」はまだいいとして、「男の友情」とはちょっと?確かにマーロウとテリー・レノックス(酔っぱらい)は何度か酒を飲み、マーロウは面倒を見、テリー・レノックスはマーロウを頼るが、「友情」呼べるほどの関係を築く交情があったのかどうか。テリー・レノックスのため拘留されても口を割らず、無実をはらすために犯人を追うマーロウの行動は、「男の友情」と云うより謎を追わずにはおれないハンターとしての男の業である様に思われる。むしろマーロウを突き動かしているのはテリー・レノックスの妻・アイリーンへの慕情と云えば「ゲスの勘ぐり」だろうか。

 ともあれ、これぞハードボイルド、フィリップ・マーロウのシニカルな思想と行動が存分に楽しめる。チャンドラーの文体も清水俊二の訳もすばらしい。後、「さらば愛しき女よ」「プレイバック」「湖中の女」「高い窓」が控えている。 ☆☆☆☆★


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0