ジャック・ヒギンズ 鷲は舞い降りた[完全版] [日記(2008)]
『エトロフ発緊急電』『針の目』に続く第二次世界大戦を舞台にした冒険小説です。今度は、ドイツのスパイと空挺部隊がイギリスの湖沼地帯を舞台にチャーチル誘拐作戦を展開します。第二次世界大戦の奇襲作戦の中で最も奇想天外な作戦であるナチのムッソリーニ救出作戦をヒントに、ジャック・ヒギンズはチャーチル誘拐を企てたいうわけです。そんな事実はありませんから、作戦失敗の物語になりますが、分かっていながら手に汗を握ることとなります。『エトロフ発緊急電』では真珠湾奇襲の情報が無に帰し、『針の目』では、ノルマンディー上陸作戦の情報が水際で阻止されます(F・フォーサイスの『ジャッカルの日』はドゴール暗殺でした)。失敗すると分かっていながら、個人が歴史の歯車に立ち向かう if は興奮させられます。
『エトロフ発緊急電』の ゆき、『針の目』のルーシーと冒険小説には魅力的な女性が登場しますが、本書でもモリイと云う村娘が登場します。ゆきほど物語に影を落とすことも、ルーシーほど華々しい活躍もしませんが、戦争という男達の愚行に地に足を着けた女性の存在が物語に膨らみを持たせます。
本書は、チャーチル誘拐作戦を指揮する独空挺部隊指揮官のクルト・シュタイナ中佐と16人の部下の物語ですが、シュタイナを完全に食ってしまっているのがアイルランド人のリーアム・デヴリンでしょう。トリニティ・カレッジでイギリス文学の学位を取ったIRA兵士にして詩人、スペイン内乱で国際義勇兵として戦い、ベルリンの大学で教職にあるという異色の民間人です。作者は、このアイルランド人を配することによって、ドイツ(ナチ)、イギリス(連合国)という敵対の構図にもうひとつの視点を持ち込み、一見聖戦である第二次大戦を相対化してしまいます。チャーチル誘拐に命をかけるシュタイナ、それを支えるデヴリン、ジョウアナ・グレイ(女性スパイ)、ラードル(ドイツ軍情報局中佐)の行為もまた聖戦、正義となります。連合国に於いてもドイツ、イタリー、日本に於いても聖戦であり、捧げるべき祖国と民族があった時代なのでしょう。その後のベトナム戦争やイラク戦争は、ベトナム人やイラク人にとってはジハードですが、アメリカ人にとっては正義とはなり得なかったようですが。
作者はこのリーアム・デヴリンのキャラクターがよほど気に入ったのか、彼を主人公本書の続編『鷲は飛び立った』などを書いているそうです。
チャーチル誘拐も暗殺も無かったのですから、作戦は失敗します。作戦の失敗をもうひとヒネリして、謀略と政治の恐ろしさ、愚かしさとそこで生きた人々にはそれぞれの完結したドラマがあったこと、で締めくくるところががこの小説の優れたところでしょう。
『鷲は飛び立った』も読もう →★★★★
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