トム・ロブ・スミス グラーグ57 (下) [日記(2009)]
フルシチョフによるスターリン批判により、国際政治からソヴィエト国民まで混乱に巻き込まれます。
体制の変革は、体制、反体制の一方的な支配の構造を変え、かつての体制は弱体化し、反体制が力を持つようになります。
スターリン体制下で、反革命の汚名を着せられて処刑され、強制労働収容所に囚われた人々は数百万とも云われます。スターリンの政策の下にこれらの人々を弾圧した側と弾圧された側が、フルシチョフのSecret Speechを境に逆転したわけです。恐怖が取り除かれた後に生まれるのは、憎しみであり、復讐です。憎しみとは、復讐とは、それと対極にあるものの裏返しであり、それはレオが夢見た家族、ゾーヤでありエレナでありライーサでしょうか。
レオとは、この弾圧する側とされる側をふたつながらを体現した人物として設定されています。レオこそが、スターリン体制とスターリン批判の政治の振幅そのものです。
スターリン批判によってソヴィエト国内で弾圧された人々が解放されたように、国際政治の場では、ハンガリーがソヴィエトの支配から逃れようとします。ハンガリー動乱です。そしてこの動乱のブダペストにレオ、ライーサ、ゾーヤが現れますが、スターリン批判をテーマにした『グラーグ57』には当然の帰結かもしれません。
ハンガリー動乱(1956年)は、
2月 :フルシチョフによるスターリン批判
7月 :ラーコシ、党書記長を辞任
10月23日:市民による蜂起、ソヴィエトの軍事介入
10月25日:国会前広場で約100人が死亡(秘密警察の謀略とも云われる)
10月29日:国民防衛隊結成
11月 4日:ソヴィエトによる大規模な軍事介入(市街戦)・・・本書の舞台
@死者は17,000人に上り、20万人が難民となって亡命したと云います。
本書は10月21日~11月4日のブダペストを描いています。レオとライーサをハンガリー動乱に登場させるために作者は手の込んだ方法を使っています。原題からも明らかなように、そもそもフルシチョフのスターリン批判がすべての始まりです。スターリン批判によって、レオが逮捕したフラエラ(元司祭の妻)は釈放され、犯罪組織のリーダーとなって『復讐』のためにレオの前に現れます。元司祭の妻が犯罪組織のリーダーとなった経緯は詳しくは触れられていませんが、『グラーグ57』のドラマは、すべてこのフラエラによって筋書きが立てられたのです。レオの第57強制労働収容所への潜入、ゾーヤを追ってブダペストへの潜入もすべてフラエラの策謀です。さらにブダペストに表れたフラエラの真の目的が明かされるに及んで、本書はミステリーを越えた人間のドラマの色彩をいっそう強くします。
続編があるそうです。ブダペストを脱出してモスクワに帰ったレオは、ライーサ、ゾーヤ、エレナと家族の絆を築けるのか?モスクワへ帰ってパン職人となったレオを(なんと、レオはパン職人となるのです)、パニン(内務省の元上司)は如何なる戦場へと駆り立てるのか?続編が待たれます。
ミステリーとしては『チャイルド44』の方が完成度が高く、本書は荒削りの部分を残しています。それでも、ゾーヤ、フラエリ、ラーザリ(元司祭、フラエリの夫)、マリッシュなど多彩な人物を登場させ、スターリン批判というパラダイムの転換期に生きる人間の姿をダイナミックに描いた『グラーグ57』を支持します。★★★★
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