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現代史資料 ゾルゲ事件(1) 無線機 [日記(2009)]

写真1.jpg

 入手したみすず書房の『現代史資料 1 ゾルゲ事件(1)』を読んでいます。『11 無線通信施設概要』(P86)にゾルゲ・グループの無線技士クラウゼンが使用した無線機について記載されています。いろいろ想像したゾルゲの無線機が、どんなものであったか、当時の諜報活動の一端が分かって面白いです。

以下『ゾルゲを中心とせる国際諜報団事件(内務省警保局保安課)』の『11 無線通信施設概要』からの引用。

(1)機器製作の敬意と其の概要
本諜報団の通信担当「クラウゼン」は「モスコー」の指令に基づき昭和十年十一月渡来入京し主班「ゾルゲ」により無線機の製作を命ぜられたり。

 所用材料は渡来に際し携行せず京橋区銀座「マツダランプ」売店其他市内の「ラジオ」業者より購入せるも送信機用電鍵の他は受信機用の部品にて入手容易なりしものなり。
 又送信用真空管の外は総て国産品を用ひ送信機用「コイル」(同調線輪)は既成に依らず京橋区某金物商より自動車用銅製「ガソリンパイプ」を購入し之に加工せり。
 右機器は昭和11年2月中旬組立を了し麻布区本村町「グンテル・シュタイン」方に於て試験を行ひ運用を開始せり。
 機器の設計に関しては使用波長を指示せられたるの外細目の指令を受けざりしものの如く本名が嘗て上海、奉天等に於て従事せる諜報通信と同様の技術的条件なる旨の「ゾルゲ」の言に依り当時使用のものに準じ製作に当たりたり。

送信機
 菊判書籍大の木箱の一面に「ベークライト」板を附して之に真空管、線輪等を脱着容易なる如く装着し携行に便なる如くせり。本機の電気回路は添附図第一号の通りなり。

受信機
 通例三球式と称せらるる家庭用放送受信機を購入して之を短波受信機に適する如く改造し、又外函及高声機を取除き戴頭型受話器を用ひたり。

 使用波長は送信三十七及至三十九米、受信四十五及至四十八米との指令を受けたるも測定器を所持せず、大陸に於ける経験により工作せりと称す。組立後約一週間にして連絡に成功し、送信波長の修正を命ぜられ(三十八米とす)爾来格別の変更を加ふることなく使用に供したり。
 右送信機は手提鞄に納め、隠匿(自宅二階奥の納戸内の衣類入大型「トランク」の底)並携行せるものなるも、送信電源用変圧器は形状、重量携帯に適せず、各発信所に夫々予め配置し之を用ひたり。

(4)技術的考察』に送信機、受信機の詳細があるので引用します。

4)技術的考察
送信機
 送信用真空管は米国RCA社製(UX-2J0)二個並列とし之に電燈線より変圧器を以て昇圧せる約八〇〇「ヴォルト」の交流を加へ働作せしむ。真空管用高圧は通例整流して直流とするものなるも装置隠匿の便宜上省略せり。
 右方法による電波は交流特有の濁音を含み明快なる通信に適せず、又傍受者にその装置の軽易なるを推知せしむるものなり。
 空中戦電力は約二十「ワット」と推定せらるるも空中線方式が発射効率に大なる犠牲を払ひ隠匿に重点を置きたるものなる以て発射効率は数分の一に低下を免れざるも、本波長に於ては昼間一,五〇〇粁、夜間四千粁の範囲の電信通信に耐ふるものと認められる。
 本送信機に要する電力は約百「ワット」なるを以て一般の電燈配線を利用するに何等支障なく又配電系統より探知する事不可能なり。
高圧阻止用蓄電器はしばしば破損せるものの如く常に予備品を携行せり。

受信機
 通例三球式と称せらるる放送受信機を改造せるものなるが右は同調線輪の改作を以て足り若干の知識を有するに於ては容易に実施しうるものなり。
 本機は国産の「シーク」製品にして真空管は
 UY-二四B UY-四七B KX-一二A
なる配列とし、「ラジオ」用としては中級のものに属するも短波受信機としては鋭敏なる感度を有す。
 高声器を戴頭型受話器に代えたるは受信音の戸外漏洩を避け、又微少音の受信の受信を容易ならしむる目的に出でたるものなり。
 右送受信機製作に要したる費用は百五十円内外と認めらる。
 方向探知機に関する認識
 本名は探知機関に対し次の如き見解を持せり。
  イ、探知機関による傍受は免れざるべし。
  ロ、都市街地に於ける方向探知は甚困難にして最良の条件を以てするも数粁圏内なりとの判断の程度を出でざるべし。
  ハ、電波発射点の確認は独逸に於ける如く受信機を以て巡邏する外なかるべきも時日を要すべし。
  ニ、探知対策としては
     送信場所の移動
     長時間の通信を避くること
     波長の変更
     戸外に対する顧慮
    が肝要なり。
送信機.jpg ux210rca.jpg
添附図第一号                    送信用真空管

 銀座「マツダランプ」売店其他市内の「ラジオ」業者より購入とあり送信用の真空管以外は日本で調達しています。送信用の真空管はRCAのUX-2J0と記載がありますが、これはUX-210の誤植です。佐々木譲の『エトロフ発緊急電』にも同様の誤植が観られ、佐々木自身『現代史資料』からの引用を認めています(オフィシャルHP)。ロバート・ワイマント『ゾルゲ 引裂かれたスパイ』では、クラウゼンがアメリカから携えてきたことになっています。送信機用電鍵の他は受信機用の部品にて入手容易なりしものなりという記述もあり、電鍵はどうしたんでしょう。使い慣れたものを持ってきたと考えることも可能ですね。

 送信機ですが、このUX-210を並列にしてダイレクトに800Vの交流をかけて発振させ、出力をコイルでアンテナに供給しています。文中にも記述がありますが整流していません。800vのアース側を直接電鍵で断続させています。高圧阻止用蓄電器はしばしば破損したようですが、これは0.0005MFDのコンデンサーのことです。水晶発振子か何かを使ったのかと思いましたが、自動車用銅製「ガソリンパイプ」を使った自励式です。真空管、線輪等を脱着容易なる如く装着し携行に便なる如くせりの記述があり、探知をおそれて移動が可能な造りとなっていたことが伺えます。
 また送信機は手提鞄に納め、隠匿(自宅二階奥の納戸内の衣類入大型「トランク」の底)並携行せるものなるも、送信電源用変圧器は形状、重量携帯に適せず、各発信所に夫々予め配置し之を用ひたりとあり、写真を見ても(上が送信機)送信機とは別にトランスが横においてあります。
 送信周波数は三十七及至三十九米ですから、7.7MHzから8MHzです。ソウラジオストクからの電波を受信して送信周波数を調整したのでしょう。出力は20W、夜間であれば4,000kmの交信が可能と推定されていますが、7MHzで20Wあればその程度の交信は可能でしょう。

 受信機は国産の「シーク」球式と称せらるる放送受信機を改造したものです。並三、検波⇒低周波増幅だけの所謂0-V-1と呼ばれるものです。使用真空管がUY-二四B(検波) UY-四七B(低周波増幅) KX-一二A(整流)であることが分かりました。引用にもあるように、このラジオの短波帯への改造は容易です。「シーク」と云うメーカーがあるのかどうか調べましたが、『シーク/SHIIKU シークラジオ(株) 創業大正10年』という記載をnetで見つけました。UY-二四B1934年頃(昭和9~10年)に東京電気(マツダ)が製造を始めたようで、1.69円。東芝の放送局型受信機1号ラジオは当時37円だったそうです。外函及高声機を取除き戴頭型受話器を用ひたりとあり、これはスピーカーを外してヘッドフォンを使用したのですね。受信四十五及至四十八米とありますから、6.25~6.6MHzです。送信周波数と受信周波数が異なりますが、両者を離すことで送信出力が受信機に与える影響を考えた結果でしょうか?

Matsuda_UY24B_new_2.jpg  TY7-tmUY47Bbox.jpg
UY-24B

設置.jpg
 アンテナです。屋根の上に長いアンテナ線を張ることは出来ないので、木造住宅の二階に、鴨居から6.8mのアンテナを張り、床の上5~6寸の高さにカウンターポイズ(アースの代替)を張っています。6.8mは、これが精一杯の長さだったんでしょうね。深夜に2階でアンテナを設置して、ウラジオストックからの電波に耳をすます孤独なスパイの姿が目に見えるようです。
 このような装置から、歴史を動かすような情報が発信されたと考えると、感慨深いものがありますね。
無線室.jpg
映画『スパイ・ゾルゲ』の無線機 ① ・・・WWⅡのスパイと無線機 
映画『スパイ・ゾルゲ』の無線機 ②・・・WWⅡのスパイと無線機
スパイゾルゲの無線機・・・受信機は並三?


タグ:ゾルゲ
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コメント 4

SHIN

はじめまして。
ゾルゲについて調べていましたら貴兄のブログにたどり着きました。
早速「現代史資料」をAMAZONで注文しました。
当時のスパイ活動に興味があり、特に使用していた無線機に関心がありました。アマチュア無線をやっているので、それがきっかけでオートダインの受信機とかST管を使った送信機を作って実際に交信をしてみました。
貴兄のブログ、これからも拝読させて頂きます。
よろしくお願い致します。
by SHIN (2018-07-12 06:01) 

べっちゃん

blog拝見しました。5月に自作トランシーバででン十年ぶりに再開局しました。私もparasetを組んでみようかと考えています。6V6で何処まで実用になるのか、面白いですね。
by べっちゃん (2018-07-12 06:57) 

ひぐま

FT301をキーワードに検索していて何故かゾルゲにたどり着きました。
 ゾルゲが製作し使用した無線機を当時の記録を元に再現した長野の方とは懇意にさせて戴いてましたが記事で読むと整流もしない粗削りな送信機ではありますが当時のそのままを再現するとなると大変な苦労が有ったと耳にしております。
 ただ当時そんな粗末な送信機にペン3の改造受信機で当時のソ連と確り通信出来ていた事実を知るにつけ、アマの資格を取得た中学の頃に少ない小遣いをやりくりして自作の無線機でOn the airしていた頃の自分を重ねておりました。
by ひぐま (2018-07-20 05:03) 

べっちゃん

整流してまんせんね、気が付きませんでした。現在なら許可が下りないので実験は無理ですね。室内アンテナでウラジオストックまでよく届いたものです。雑音が少なかったのでしょう。

by べっちゃん (2018-07-20 07:32) 

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