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パトリック・ジュースキント 香水 ある人殺しの物語 [日記(2010)]

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

  • 作者: パトリック ジュースキント
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 文庫
 映画 『パフューム ある人殺しの物語』 が面白かったので原作を読んでみました。一言で言うと、犬の(犬以上の)嗅覚をもった人間が世界とどう係わっていったか、という小説です。

 グルヌイユが木の香りに酔いしれる場面があります。嗅覚の鋭い彼にとって、木の香りも松、オークといった植物の種類、古木、新木と多くの香りをかぎ分けることが出来るわけです。
 グルヌイユは暗闇でも自由に動き回ることができ、空気の匂いで嵐を予見し、遺失物を見つけだします。グルヌイユは目ではなく鼻で世界を見ています。世界認識の方法が匂いだということです。


 グルヌイユの不幸は、その香り、匂いを表現する言葉が見つけられないことです。見つけられないのではなく、人間は体験できない事柄について、それを表現する言葉を持ちません。知覚できない香りを表現する言葉そのものが存在しないのです。
 常人とグルヌイユでは、世界認識の方法と認識した姿が異なるということでしょう。人間は、5感で世界を認識し言葉で表現します。5感のうち嗅覚だけが異常に突出したグルヌイユは、常識、道徳などの抽象化された概念を一般人と共有できないのです。神とは臭いものだ、と教会でつぶやきます。

 Ⅰで、少女の匂いに惹かれ、騒がれそうになっていとも簡単に少女を殺してしまいますが、殺人に対する罪の意識は全くありません。

 これは、小説の冒頭から読者に明らかにされている事実ですが、Ⅱでグルヌイユは自分に体臭が無いこと発見します。世界を匂いによって認識し、他人を匂いによって区別してきたグルヌイユが、自分自身には匂いが無いことに気づきます。これは、グルヌイユにとって自分が存在していないことを意味し、一種の自己否定でしょう。透明人間であったことに気付いた透明人間、影がないことに気付いた人間の自己疎外です。

 そしてグルヌイユがやったことは、自分の体臭を作ることです。すなわち自分自身のための香水を作ることです。匂いの天才ですから、自分を消し去る匂い、母性本能をくすぐる匂い、自分を際だたせる匂い、何でもお手のものです。
 さらにグルヌイユは匂いのレパートリーを増やすことに熱中します。金属、鉱物から犬猫人間の匂いの抽出、そして行き着いた先が、パリで殺した少女の匂いの再現であり、グラース(パリから南仏の地に移動しています)で嗅いだたぐい希な香りのする少女の匂いの抽出です。

 いろいろな匂いでもって王冠をつくり、中心に当の(少女の)あの匂いを嵌めこむ。正面に燦然と、あの匂いが輝いているー

 グルヌイユは人間を素材とした香水を作ろうとします。かくして、少女連続殺人の幕が切って落とされます。

 殺人は露見しグルヌイユは捕まって死刑の宣告を受けます。圧巻は、殺人者として刑場に引き立てられたグルヌイユを、観衆が神として崇めるシーンでしょう。グルヌイユが作り自らに振りかけたのは、人の愛をかき立てる香水だったというわけです。

 犬の鼻をもった男の暗喩と猟奇に満ちた数奇な運命、本を置く能わざる奇想天外な物語です。映画も素晴らしかったですが、原作は映画以上です。


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