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帚木蓬生 閉鎖病棟 [日記(2013)]

閉鎖病棟 (新潮文庫)
 冒頭、堕胎をする中学生、島崎由紀、復員した父親が自殺して果てる梶木秀丸、聾唖で魚取りが得意な丸井昭八の3人の物語が披露されます。年齢も生い立ちもバラバラなこの三人に、どういう繋がりがあるのか?。そして、三人が一同に顔を会わせるところが精神病院なのです。そう言えば、 帚木蓬生は精神科医でしたね。精神科医でもある作家が精神病院を舞台に小説を描くのですから、お手のものでしょう。ついつい、精神病院で起きる殺人事件...と想像してしまいますが、(事実殺人事件は起きるのですが)『逃亡』の帚木蓬生ですから、単純な殺人事件にはなりません。

 精神病院ですから、島崎、秀丸、昭八以上にもっとヘンな患者がぞくぞく登場します。あえて「ヘンな」と書きますが、それは基準を何処に置くかだけのことで、患者に同化した(基準を患者側に置いた)作家の視線は限りなく優しいです。殆ど全員が「さん」付けで登場しますが、そのあたりも、この小説の読者を温かい気分にしてくれます。
 但し角度を変えて見ると、それぞれ悲惨な人生を背負い、社会から閉めだされて「閉鎖病棟」に隔離された人々の物語です。

 島崎さんは、中学生の年齢で妊娠し親にも言えず、費用を自分で稼いで堕胎するくらいですから、何か深いわけがあるようです。癲癇の持病のある秀丸さんは、過去、母親とふたりの子供を殺しています。死刑の判決を受け、執行されて生き返ったという不思議な過去を持ち、この病院に収容されています。昭八ちゃんは自閉症になって家に火を付けこの病院に収容されました。聾唖の昭八ちゃんは喋れんませんから「ゲッゲゲゲ」と言うだけです。そのゲッゲゲゲを作家は言葉に翻訳して物語を進めます。昭八ちゃんに限らず、この小説は弱者である精神病患者の視点で構成されています。

 3人に続いて、チュウさんという初老の患者が登場します。チュウさんは、頭のなかで聞こえる声に従って奇矯な行動を取るようになってこの病院に収容され、30年が経ちます。この物語の狂言回しとして、チュウさんは、島崎さん、秀丸さん、昭八ちゃんたちを繋ぎ、退院して社会復帰することで、精神病患者が抱える様々な問題を浮きぼりにしてくれます。

 殺人事件が発生します。両手の小指が無く背中に刺青のある重宗が、秀丸さんによって刺殺されます。覚醒剤中毒で入院しているという患者ですが、病院内で患者看護師に暴力をふるい、外来者を脅して金を巻き上げるというとんでもない患者。
 この殺人事件で描かれるのは、かつての死刑囚で今は穏やかに暮らしている秀丸さんが、余生を犠牲にして殺人を犯したその心の闇です。秀丸さんは、島崎さん、チュウさん、昭八ちゃんのため、病院のために重宗を殺したのですが、同時に、刑務所に戻って再び死刑になることで、母親とふたりの子供を殺した罪を償おうとしたわけです。「死に損なった」秀丸さんは、死に場所を求めて重宗を刺し殺したのです。この死に場所を求める殺人が本書の奥行きを深めています。「山本周五郎賞」もこのあたりかもしれません。

 精神病院、精神病患者という「特異」な世界を描き、では「健常」とは何なんだと問いかける小説です。視覚をを失うと聴覚が鋭くなると聞きますが、精神に障害を負ったことで残りの部分が研ぎ澄まされ純化され、「閉鎖病棟」という環境で発酵するとこういう登場人物が生まれるのでしょうか。
 虚構ですよと私の「健常」はつぶやきますが、それでも感動的な「虚構」です。

帚木蓬生は『逃亡』『三たびの海峡』『ヒトラーの防具』に続いて4冊目です。いずれも面白いです。

タグ:読書
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