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浅田次郎 終わらざる夏(上) [日記(2013)]

 
終わらざる夏 上
 『終わらざる夏』とは、日本が無条件降伏を受け入れた1945年8月15日のことです。小説の舞台は、沖縄戦敗北の話が出ていますから1945年の初夏のことです。日本帝国は、本土決戦のために召集の対象を17歳から45歳(従来は20歳~40歳)に広げ、徴兵検査の丙種合格者(現役には不適だが国民兵役には適する)まで動員をかけます。すなわち、兵役に適する日本男子は枯渇し、なりふり構わね「根こそぎ動員」が行われます。

 この「根こそぎ動員」で赤紙が来たのが、45歳11ヶ月で、万年筆より重いものを持ったことがなく、近眼で、日本語より英語の方が得意な翻訳家、片岡直哉。
 「銃を執る者より鍬を握る者の方が大切に決まってゐるでせう」と言う思想を持つ医学生、菊池忠彦。菊池は岩手医専で、兵役忌避の疑いを持たれ、本人の才能を惜しんだ医専側が東京帝大医学部に送り込んだと云う曰くつきの人物です。
 もうひとりが、三度の応召で「金鵄勲章」を貰っている鬼熊こと富永熊男。富永は戦闘で右手の指を三本失い、銃の引き金が弾けないというタクシー運転手。

 岩手県を本籍とする召集者は、本籍地を管轄する連隊司令部のある弘前で入営を果たします。ところが、片岡、菊池、富永の三人は、他の召集者とは切り離され根室へ向かう命令が出されます。彼らの向かう先はアリューシャン列島の最先端、占守島。ソ連領カムチャッカ半島へわずか12km、北海道からは1000km以上離れた北端の島です。

 特業という言葉が出てきます。兵士は、在郷軍人名簿に基づいて連隊区司令部が決定します。その名簿に特業=特技が記載されているそうです。菊池忠彦は医学、富永は車の運転、東京外語英文科卒の45歳の翻訳家・片岡はその英語の能力が見込まれて召集されます。本土決戦の今、連合軍=米軍は南からは沖縄を陥して九州沿岸に迫り、北からは千島列島を飛び石伝いに北海道に攻めてくると考えられていました。和平を想定する軍部の一部は、占守島で米軍と遭遇した時の通訳として片岡を占守島に配属したわけです。

 片岡、菊池、富永の三人の兵士の物語なのでしょうが、彼等を取り巻く登場人物が多彩です。占守島で戦車隊を率いる大屋准尉、戦車学校を出たにもかかわらずトラックの運転をやらされている中村兵長、片岡達を占守島に運ぶ大発(上陸用舟艇)の岸上上等兵、東京にひとり残され空襲にさらされる片岡の妻久子、信州に学童疎開した息子の譲、占守島出身のクリルアイヌのヤーコフたちが登場し、物語に奥行き与えています。例えば久子はこう考えます、

 戦争とは、命と死との、ありうべからざる親和だった。ただ生きるか死ぬかではなく、本来は死と対峙しなければならぬ生が、あろうことか握手を交わしてしまう異常な事態が戦争というものだった。

 兵士だけではなく、銃後の庶民もまたそうした存在だと言うのです。

 様々な過去を抱えた人々がそれぞれの1945年8月15日を迎え、片岡、菊池、富永の三人は占守島の「終わらざる夏」をどう乗り切るのか・・・。
 
下巻は⇒コッチ 

タグ:読書
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