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映画 グッバイ、レーニン!(2003独) [日記(2013)]

グッバイ、レーニン! [DVD]
 国家というものは水か空気のようなもので、普段あまり意識することはありません。この『グッバイ、レーニン』を見ると、国とは何かということ考えさせられます。という程に深刻な映画ではありません。ベルリンの壁が崩壊した1989年、東ベルリンのアレックス一家に訪れた東西ドイツの統合をいくぶんコメディータッチで描いた映画です。
 ドイツでは大ヒットしたらしいです。この映画に拍手を送った人たちの中核は、たぶん東独出身の人々だったのではないかと思います。国家体制の変革を経験していない我々は、アレックス一家にそんなに感情移入はできません。1945年8月15日を経験した私の父母の世代であれば、手を打ってアレックス一家に拍手を送るかもしれません。

 アレックス(ダニエル・ブリュール)一家を決定づけているのは、父親の西ドイツ亡命です。西ドイツに恋人ができ、家族を捨てて亡命します。以来、母親(カトリーン・ザース)はそれまでに増して東ドイツの体制に忠誠を誓い、共産主義の旗振り役に徹します。これは、アレックスと姉を秘密警察等から護るためでもあり、東ドイツの体制を否定した夫への報復という意味を持つのでしょう。母親は模範的な東ドイツ市民として国から表彰されるまでになります。
 
 そして1989年、反政府デモに参加するアレックスの前で母親は心臓発作を起こして倒れます。この1989年がどんな年だったかというと、東欧革命によってハンガリー、ポーランドがマルクス・レーニン主義を放棄し、ハンガリーがオーストリア間の国境を開放したために、多くの東ドイツ市民がオーストリア経由で西ドイツへ亡命します。東ドイツでは10月にホーネッカーが退陣し、11月に大規模な反政府デモが起き、ベルリンの壁が崩れます。

 東ドイツの体制崩壊と西ドイツの資本流入によって、国営企業は解体されアレックスは失業(後に西ドイツの衛星TVアンテナ会社に就職)、姉は大学を辞めてキングバーガーに就職。姉の恋人との同居が始まります。
 母親の意識不明は8ヶ月間続き、その間に起きたベルリンの壁崩壊、普通選挙、ドイツマルク導入など、東ドイツの体制が崩れ東西ドイツ統一に動き出したことを全く知りません。母親の意識は戻りますが、母親にショックを与えると発作が起き、今度は助からないと宣告されます。

 アレックスは母親を自宅につれて帰ります。ここからが話しの始まりです。東ドイツの崩壊こそが母親にとって最大のショックだと考えたアレックスは、この事実を徹底的に隠す作戦に出ます。幸い母親は寝たきり、情報を遮断して東ドイツが未だに存続しているように偽装します。ピクルスが食べたいという母親の希望で、アレックスはもはや販売されていない東ドイツ製のピクルスの瓶を見付け中身を入れ替え、東ドイツの食品を探し回ります。
 極めつけはTV番組の製作です。ビデオ製作を趣味とする職場の同僚を抱き込み、東ドイツが未だ存続しているという番組を作りVTRで流して母親を騙します。コカ・コーラの看板を見た母親に、コカ・コーラは実は東ドイツの発明であったというニュースをでっち上げ、街にあふれる西ドイツの車を見て、西ドイツの難民が東ドイツに押し寄せているいるというニュースを作ります。アレックスは、ソ連のソユーズに乗り込んで東ドイツの英雄となった宇宙飛行士(今はタクシー運転手)を、ホーネッカー退場後の新しい国家指導者として登場させ、“新生東ドイツ”の誕生という番組さえ製作します。ここまで来ると、母親のためというよりアレックス自身が、自ら身を委ねる幻影を作っているようにも見えます。

 『善き人のためのソナタ』で描かれた、秘密警察が市民の生活監視するような社会の再来は、誰も望まないでしょう。その東ドイツが未だ存続しているという幻想つくり上げるアレックスを、どう見るのかです。ここで描かれているのは、西側世界が歓迎す東西ドイツの統一にno!という権利が存在したということではないかと思います。無条件の西ドイツ礼賛、東ドイツ悪玉説ではなく、東西ドイツは「等価」だったんではないか、ということです。そう考える人がいたから、2003年当時この映画ヒットしたのでしょう。またこういう映画が作られる背景には、東西ドイツの統合が抱える問題が隠れているのかもしれません。

 アレックスの父親が登場します。実は、父親は女性問題で家族を捨てて亡命したのではなかったことが、母親によって明らかにされます。父親は、一足先に西ドイツに亡命し、後で家族を呼び寄せる計画だったようです。ところが、母親は幼い子供を連れて亡命する決心がつかなかったのです。西ドイツの夫からは何度も手紙が来ますが、母親は東ドイツに留まります。父親が家族を捨てたのではなく、母親が夫を捨てたのです。言い換えれば、母親は、自由な西ドイツではなくマルクス・レーニン主義の東ドイツを選択したのです。人間は、自由よりも命令されて生きる不自由を選択することもあるということかもしれません。
 母親は二度目の発作で入院し、アレックスは父親を探しだしふたりは再会します。ふたりが何を話しあったのか、映画では明かされませんが、夫は妻子がいる身ですから、ふたりが元通りに暮らすことはありません。
 ドイツは東西に分割され再び統合されますが、昔のドイツに戻ることはありません。アレックスの父と母は、見事に東西ドイツを象徴していることになります。

 では、母親は最後までアレックスに騙されていたのか?。ヘリコブターで運び去られるレーニン像を目撃して薄々に勘付き、さらにアレックスの恋人(チュルパン・ハマートヴァ)が母親に真実を明かした(様な)シーンも用意されていますから、彼女は東ドイツが崩壊したことを知っていた筈です。知っていながら息子の思いやりに騙されてやる母親の優しなのか、東ドイツの幻影に身を委ねたのか、映画では明らかにされません。母親は、東西ドイツの統合を見ること無く亡くなります。
 
 日本人の私が、いい映画だと言うのはおこがましいですが、見て損はありません。我々庶民にとって、国家とは何なんでしょうね、そういう映画です。
 
監督:ヴォルフガング・ベッカー
出演:ダニエル・ブリュール カトリーン・ザース チュルパン・ハマートヴァ

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