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手嶋龍一 『スギハラ・サバイバル』 [日記(2014)]

スギハラ・サバイバル (新潮文庫)
 スギハラは、「命のビザ」を発行して多くのユダヤ難民を救った外交官、「東洋のシンドラー」と呼ばれる杉原千畝のことです。『消えたヤルタ密約緊急電』で、杉原は外交官というより日本陸軍の諜報員だったことを知り、その辺りに興味があります。著者の手嶋龍一さんはジャーナリストですから、てっきりノンフィクションだと思ったのですが、なんと小説でした。 

 ポーランドの古都クラクフで古書店を営むユダヤ人、ヘンリク一家とその息子アンドレイ少年の物語です。ナチス・ドイツとソ連によるポーランド侵攻があった1939年、一家はポーランドを逃れリトアニアで「命のビザ」を入手、モスクワ、シベリア、ウラジオストックを経て神戸にたどり着きます。杉原千畝の発給したビザによって生き残った、アンドレイにまつわる物語という意味で、『スギハラ・サバイバル』というタイトルとなります。

 杉原千畝についてはわずか十数ページが割かれるだけです。リトアニアの在カウナス日本領事館領事代理である杉原は、「元日本陸軍ハルピン特務機関に連なる情報士官」とされ、東欧の情報収集と独ソ戦争情報取得のため日本政府(=陸軍)がリトアニアに送り込んだ情報分析官という位置づけです。従って「命のビザ」発行という人道的行為は、ポーランド情報将校がもたらす「情報」の見返りであったことになっています。動機はどうあれ、杉原の発給したビザによって多くのユダヤ人がナチスの手を逃れ、神戸から第三国に旅立っていることも事実です。作者は、そのひとりにアンドレイを潜り込ませます。
 戦前の神戸を舞台に、アンドレイに加え、ユダヤ人少女・ソフィー、バラケツ・雷児3人の友情が描かれます。ソフィーは上海のフランス租界に去り、雷児はアンドレイの頼みでソフィーを助けに上海に渡ります。そして2009年、シカゴの商品先物取引所の大立者となったアンドレイ、北浜の相場師となった雷児ふたりの動きを探る、英諜報員とデリバティブ取引調査員が登場します。
 簡単に云うと、スギハラ・サバイバルによって生き残ったアンドレイとソフィー、神戸時代の友人雷児による金融取引の謎に英諜報員と財務省調査員(シークレットサービス)が挑むという構図です。ポーランド分割の1939年と現代が交差する、流浪の民ユダヤの物語とも言えます。

 BBC記者を隠れ蓑とした英国諜報員スティーブンと財務省の調査員マイケルは、アンドレイと雷児のふたりが、オイルショック、ブラックマンデー、9・11テロを何らかの情報によって察知し、デリバティブを大量に売ることによって巨額の利益を得ていたのではないかという推測のもとに調査を始めます。よくあるユダヤ陰謀説ですかね。

 インテリジェンス「小説」と銘打った『スギハラ・サバイバル』は、小説としての評判はもうひとつのようです。曰く人物が描けていない等々。確かに、スティーブンにしろ2009年の雷児にしろ実存感は乏しいと思いますが、要は、インテリジェンス「小説」として読むか「インテリジェンス」小説として読むかですね。後者として読めば、我々には窺い知ることの出来ない情報が詰まった小説として楽しめます。現代のデリバティブ取引と、杉原千畝の「命のビザ」が結びつくロマンは、なかなかのものです。

 惜しむらくは、一連の金沢の描写は要らないかもしれません。英訳すれば英米人なら喜びそうですが、日本の読者には冗長でしょう。もうひとつ、オイルショック、ブラックマンデー、9・11テロの事前情報をどうやって入手することができたのか、が明らかにされていません。ポーランド諜報組織の黒幕ソフィーの情報だということは明らかにされますが、ソフィーがアルカイダのテロ情報を入手する経緯が突っ込んで描かれれば、さらに面白かったのではないかと思います。贅沢な不満ですかね。

 『ウルトラ・ダラー』も読んでみようかと思います。

タグ:読書
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