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映画 第七の封印(1957スウェーデン) [日記(2015)]

第七の封印  <HDリマスター版> 【DVD】PDVD_001.JPG

 懲りずにイングマール・ベルイマンです。
 前回の『狼の時刻』は手強かったですが、『第七の封印』はもう少し分りやすいです。と言ってもヨハネ黙示録が元ネタですから、非キリスト教の日本人にとっては手強いことには変わりありません。神の存在を問う沈黙三部作の一作だそうですが、『野いちご(1957)』『処女の泉(1969)』と同じ系列の映画だと思います。

 十字軍の遠征が終わり、故郷に帰る騎士アントニウス(マックス・フォン・シドー)に死神が現れます。こいつに取り殺されてはたまらんと、アントニウスは死神にチェスの対局を持ちかけ、チェスに勝ったら見逃す約束を取り付けます。
 十字軍ですから中世、ペスト、魔女狩りが登場しますから12世紀頃の話でしょうか。
 アントニウスの従者ヨンス(グンナール・ビョルンストランド)によると、10年間十字軍として戦い、そこで見たものは、神の栄光とはほど遠い殺戮と奪略、故国に帰ってみれば、黒死病の流行と魔女狩り。神の栄光を説いてアントニウスたちを十字軍に送り出した神父は、死体から装身具を剥ぎ取る盗人となり、教会は終末、最後の審判を説いて人々を恐怖へ駆り立てる始末。
 終末思想を説く一団の中に、自分の体を鞭打つ「鞭身派」と思われる信者の姿があります。あれは17世紀ロシアの話だと思うのですが12世紀のスェーデンにもあったんでしょうか、余談。

 敬虔なキリスト教徒であるアントニウスは、この混乱した世界を前にして、五感で神を捉えたいとその存在を問います。何故神は救いの手をさしのべないのか(黙っているのか?)と問うわけです。魔女狩りで捕まった少女に、悪魔なら神の存在を知っているだろう、悪魔と会わせてくれと頼みます。少女は、自分の中に悪魔がいるからよく見ろと言い、アントニウスは、絶望と恐怖に震える少女しか見えないと答えます。なかなか意味深長な会話です。

 そういう深刻な映画かというとそうでもなく、深刻なアントニウスには陽気で現実主義の従者ヨンスが配され、終末論のはびこる世界には、屈託のない旅芸人一家、人のいい鍛冶屋としたたかな妻が対置されます。
 妻に駆け落ちされたと嘆く鍛冶屋に、ヨンスは、「女はいてもいなくても地獄、愛というやつは、しょせん煩悩と不実と嘘なのだ、愛は疫病の中でも一番やっかいだ、この世のものすべてが不完全だとすれば、愛こそは完全な不完全」などと減らず口をたたく、なかなかの警句家です。ヨンスは、助けた女性を料理女にすると連れ回し(故郷に帰ってもいるかいないか分からない奥さんの代わり)、自らを「神と死を嘲笑し、己を笑い、女にほほえむ」ヨンスだと自嘲します。
間違いなくサンチョパンサです。しからば、ドン・キホーテのアントウニウスが槍を振り立てた先は何か?。死神か神か?。

 チェスの対局でアントニウスは死神に破れます。アントニウスは、 旅芸人一家を逃がすために チェス盤をひっくり返して死神の注意をしらし 、その間に一家は逃げます。アントニウスにとって、役者一家は末世にあって唯一の希望だったからです。

 アントウニウス一行は彼の城郭に到着します。アントニウスの妻が読み上げる「ヨハネ黙示録」とともに死神が約束履行に現れます。死神を見つめる女性の顔に歓喜とも見まごう表情が表れます。死神と神は表裏だと言っているかのようです。
 逃げのびた旅芸人一家は、死神とともに丘を行進するアントニウス一行の姿を見、一家は次の目的地へ向かう後ろ姿で幕。
PDVD_003.JPG
 スェーデン版ドン・キホーテとサンチョ・パンサが、槍を振り立て神に向かって疾駆しますが無残にも敗れ、素直に神を信じる旅芸人がペストから逃れて生き延びる、という単純な寓話であるはずはないのでしょうが、そんな映画です。個人的には、従者ヨンスを演じたグンナール・ビョルンストランドに一票。黒死病と魔女狩りの中世にヨンスを登場させたイングマール・ベルイマンにも一票。

監督:イングマール・ベルイマン
出演:マックス・フォン・シドー グンナール・ビョルンストランド ビビ・アンデショーン
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