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浅田次郎 輪違屋糸里 [日記(2015)]

輪違屋糸里 上 (文春文庫)
 『壬生義士伝』『輪違屋糸里』『一刀斎夢録』と、浅田次郎の新撰組三部作の一巻。近藤勇一派が芹沢鴨を粛清する顛末を描いたものです。
 近藤勇他試衛館の8人と芹沢鴨を描きつつ、真の主人公は新選組に関わる女たちで、芸妓糸里吉栄、芹沢鴨の情人お梅、前川家の女房・お勝、八木家の女房おまさたちから見た「女たちの新撰組」です。

 これまでの小説では、芹沢鴨は商家を脅して押し借りはする、言うことを聞かなければ焼き討ち、借金は踏み倒す、その掛け取りに来た商家の女房を手籠めにして情人にするなど、悪行の限りをつくす「新選組」の悪役。権力闘争の末、近藤一派に暗殺されます(会津藩がバックにいた?)。
 この暗殺事件は、島原の角屋で芸妓総揚げの宴会が終わった後、酔って寝込んだ芹沢を土方等が襲い芹沢、同衾していたお梅、平山五郎を惨殺、その場にいた平間、糸里、吉栄は逃亡したというのが事実のようです。この後、近藤、土方は新選組の権力を手中に納め、活躍へと発展してゆきます。
 これだけの事実をネタに作家の想像力が膨らみ、『輪違屋糸里』となります。

 芹沢鴨は、水戸藩郷士の出で、天狗党にも加わった筋金入りの尊皇攘夷の志士。神道無念流の免許皆伝で文武に秀でているが、酒が入ると人格が一変するという異常者。芹沢家は中世から始まる常陸国の豪族で、常陸にあっては水戸徳川家よりも古い由緒ある武家の血筋を引いています。
 その芹沢と武蔵国多摩の農民の子・近藤が、新選組の局長として並び、近藤が芹沢を粛清し権力を握ります。作家は、百姓が武士に取って代わるという、明治維新の権力移動のパターンをこの暗殺事件に見たわけです。たぶん、これが『輪違屋糸里』のモチーフです。

 本書で、近藤一派(試衛館組)は、
・近藤勇(農民)、土方歳三(農民)
・沖田総司(白河藩下級武士の部屋住)、井上源三郎(八王子千人同心の三男)、原田左之助(伊予松山藩の中間)、山南敬助(出自不明、仙台藩脱藩)、藤堂平助(出自不明、自称伊勢津藩主藤堂の落胤)、
・永倉新八(150石の松前藩士の次男)、斉藤一(御家人の次男)

と「百姓」、「足軽の小倅」、「侍」の三階級に分けて描かれます。芹沢暗殺も
土方、沖田、原田 →芹沢鴨
山南、藤堂、井上 →平山五郎
と分かれ、新見錦切腹を近藤・土方の陰謀とする正義漢の永倉新八を斉藤が牽制し、この暗殺には加わっていません。

 芹沢粛清は、まず新見錦を「士道不覚悟」で切腹させ、宴会から帰り八木邸で飲み直す芹沢と平山に、糸里と吉栄を使って睡眠薬を盛り、熟睡したふたりを6人で襲うという用意周到な作戦です。この失敗の恐れのない暗殺に新選組第一の剣客と恐れられた沖田が直前になっておののきます。

 足軽と百姓が、父祖代々傅(かしず)いてきた侍を斃すのだ。しかもその侍は、世を蓋う尊皇攘夷思想の権化、英雄という名に最もふさわしい、彼の鉄扇に書かれた「盡忠報國」の文字がけっしてお題目ではない、われら新選組のかけがえなき棟梁だった。

足軽の小倅と百姓が武士を斬ると云う百姓一揆の如き反乱に、沖田の父祖代々の血が恐れおののくわけです。

 さらに作家は「百姓と武士」に仕掛けを施します。用意周到な土方は、毒を盛らせた糸里と吉栄を始末する計画を立てていました。これに糸里は敢然と立ち向かいます、

・・・ここまでのお始末は会津の殿さんが、おぬしらは侍か百姓かと差し出した踏絵やろ。そしたら、この輪違屋糸里が、あんたらにもう一枚、踏絵を踏ましたる。どや、土方はん。お百姓ままでええのんやったら、わてらを斬りなはれ。・・・口封じに叩き斬ればええ。そしたらあんたら新選組は、晴れて天下のどん百姓や。

 糸里と土方、吉栄と平山の恋。新撰組という組織と隊士を冷静に見つめながらも彼らに傾斜してゆく、お勝とおまさ。莫連女お梅の純情。

この戦場には刀を持たぬ四人の女がいる

 「浅田講談」は冴えわたります。
タグ:読書
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