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夏目漱石 三四郎 [日記(2015)]

三四郎
三四郎 (新潮文庫)
 『こころ』を読んで、漱石は以外と面白いじゃないかと云うことで読み始めました。

 熊本の高校を卒業し帝国大学に入学した三四郎のビルトゥングス・ロマンです。田舎から東京に出てきた二十三歳の大学生が、都会と文明に触れ、漱石の感じる明治41年の時代の空気を吸い始めます。

 三四郎は、上京の列車の中でまず世間と云う洗礼を受けます。夫が満州に出稼ぎに行ったという独り身の女性との一夜です。結局何も起きず、女性に「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言われて終わります。この事件が、たぶん『三四郎』という小説を象徴しています。

【三つの世界】
三四郎は、三つ世界に住んでいると自ら考えています。
 三四郎の母親や三輪田のお光さんの住む熊本にある「第一の世界」。「脱ぎ捨てた過去」とか言っていますが、学費は郷里の家から出ているし、美禰子に借りた30円を返すために母親に無心しますから、脱ぎ捨てようのない世界です。
 第二の世界は、帝国大学に象徴される学問の世界、三四郎が東京で獲得しつつある世界観です。野々宮や広田先生がこの世界の住人です。第一世界、第三世界を睥睨しつつその世界に規定される世界です。
 第三の世界は、美禰子に象徴される「さんさんとして春のごとく動いている」世界です。野々宮の妹よし子、「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言った女性の住む世界です。広義には、画家・原口 、美禰子の兄、後に美禰子の夫となる男が住む世界で、「世間」の別名と言ってもいいでしょう。
 帝大生である三四郎と与次郎は、第二世界に軸足を置きつつ、第一世界と第三世界を行ったり来たり。こも三つ世界を結びつけるものが、三四郎が美禰子に借りた「30円」です。もっとも、三四郎に言わせれば、

この三つの世界を並べて、互いに比較してみた。次にこの三つの世界をかき混ぜて、そのなかから一つの結果を得た。――要するに、国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、そうして身を学問にゆだねるにこしたことはない。

と云うたわいない世界でもあります。
 この第三世界というものがくせ者です。美禰子は野々宮とも関係がありそうで、「ストレイシープ」などと言って三四郎に気がありそうな素振りをした挙げ句、兄の友人と結婚するという(たぶん)現実的な選択をします。全編これ美禰子に振り回される三四郎の恋の顛末を描いた小説です。言い方を変えれば、『三四郎』は、血縁地縁の土俗的な世界から出発した三四郎が、観念世界と「世間」の洗礼を受けるという小説です。

【『こころ』との類似性】
 『三四郎』は『それから』『門』に至る前期三部作の第一巻、『こころ』は『彼岸過迄』『行人』の後期三部作の最終巻です。『三四郎』には『こころ』で取り上げられる主題が揃っています。
 第一世界は『こころ』の「両親と私」に相当し、第二世界は先生が逃げ込んだ書物の世界でありKが追い求めた「道」です。第三世界は言わずと知れた先生とKとお嬢さんの三角関係であり先生とお嬢さんが結婚する顛末(裏切り)です。「30円」も、先生が叔父に騙し取られた財産となって顔を覗かせます。
 漱石は、この三つの世界+金で足を掬われる知識人を描いた作家なのではなかろうかと思います。 

 今どき漱石?と言うなかれ。けっこう面白いです。青空文庫で0円で読めるのも嬉しいです。


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