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内藤啓子 枕詞はサッちゃん 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生 [日記(2018)]

枕詞はサッちゃん: 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生  詩人、小説家で児童文学者「阪田寛夫」、なによりも童謡『サッちゃん』の作詞者として知られる「阪田寛夫」の娘サンによるエッセー(評伝)です。故に『枕詞はサッちゃん』。『サッちゃん』の他「どうしてお腹がへるのかな」の『おなかのへるうた』『ネコふんじゃった』の作詞者でもあります。

 小説家、詩人という人種には、相当変わった人物がいることは承知しています。身内が小説家の楽屋裏を書くと「こうなる」の見本のようなものです。夏目漱石の夫人は漱石を「一種の狂人」と語り、高橋たか子は夫和巳を「自閉症の狂人」と書いていますが、娘の啓子さんの視線はもう少し暖かいです。

 大阪の裕福なクリスチャンの家庭で育った阪田は、帝塚山小学校、住吉中学、旧制土佐高校、東京帝国国大学を経て朝日放送のプロデューサーとなり、母親を題材とした『土の器』で芥川賞を得た小説家です。著者によると、小説家として独立するために朝日放送を退社し、生活ために作詞、童話、TVラジオの脚本、エッセーと何でもこなす物書きであり、本業とする小説家としては

 小説というジャンルに限って、私は自分のまっくらなお腹の中をのぞこうと四苦八苦して、見えたか見えないか定かでないものを、「見えた見えた」「汚い汚い」と叫んでいたようだ。

 他の形で書く時には、少なくとも自分の腸を覗かねばならぬという固定観念からは自由になれた。(『桃次郎』あとがき)

という小説家で、小説を書きあぐねては「おれはダメだ」と年中呻吟し、鬱病で摂食を拒否して自殺同然に亡くなったそうです。とても『サッちゃん』『おなかのへるうた』の作詞者とは思えません。

 阪田寛夫は、鬱陶しい親戚を増やしたくないという理由で、兄の(恋愛)結婚相手の妹と結婚させられます。本人はマンザラでもなかったようで、『ところがトッコちゃん』という詩を書いています。トッコちゃんというのは、妻のこと。

みなさん ぼくは
トッコちゃんがすき
ところがトッコちゃんは
ネコがすき
しかたなくてぼくも
ネコがすきになった
(中略)
それでも ぼくは
トッコちゃんがすき
ところがトッコちゃんは
ぼくが きらい
しかたなくてぼくも
ぼくがきらいになった(あと略)

派手な夫婦喧嘩の度に、妻からは「私のXX年を返せ!」と言われていたそうです。

 離婚の危機のなかで、阪田は娘ふたりに自分のことを「オジサン」と呼ばせます。離婚して異母兄弟が生まれた時の準備、「オトウサン」は新しい子供のものだというわけです(結局離婚はせず)。こうした「ヘンなオジサン」と過ごした年月が、三浦朱門(土佐高校の同期)、庄野潤三(朝日放送同僚)、阿川弘之(ご近所)等との交遊と共につづられます。

 著者は娘であり「物書き」としてはアマチュアのですから、突っ込んだ「小説家・阪田寛夫」は見えてきません。見えてきませんが、『サッちゃん』の裏側にあったこうした物語があった、「自分のまっくらなお腹の中をのぞこうと四苦八苦」し年中「おれはダメだ」とつぶやく阪田から『サッちゃん』が生まれた、という詩人の不思議は何となく見えてきます。
 けっこう壮絶な家族の戦いだったはずですが、著者の結びの言葉は「ありがとう」です。

第66回 日本エッセイスト・クラブ賞に輝いたようです。おめでとうございます。

タグ:読書
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