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なかにし礼 赤い月(2001新潮社) [日記(2018)]

赤い月〈上〉 赤い月〈下〉  昭和9年(1934年)小樽から満州に渡り、昭和21年身一つで日本に帰り着いた森田一家の物語です。世界恐慌と凶作による不況で、「ひと旗あげる」ため人々は新天地・満州へ向かいます。100万を越える人々が満州に渡りますから時代の風景で、本書の主人公森田一家もそうした一群の人々のなかにいます。牡丹江市(現在の黒竜江省)で酒造業を興した森田は、関東軍をバックに未曽有の繁栄を見ますが、1945年8月10日ソ連が国境を越え満州に雪崩れ込んだため満州国は潰え、満州には100万人を超える日本人と共に取り残されます。国家の庇護を失い棄民となった森田一家の「引き揚げ」物語です。

 波子という奔放な女性を主人公に、白系ロシア人、情報機関、関東軍、匪賊、阿片など満州ならではの環境を生き抜く様を描きます。作者は作詞家として有名な「なかにし礼」ですから、スパイあり、活劇?あり、愛憎劇ありで、読者サービス十分。サービス精神のため、ストーリーがややご都合主義に走るところが難点といえば難点。

 冒頭、森田家の庭先で白系ロシア人の娘がスパイとして処刑されます。処刑したのは、国策会社協和物産の社員を装った満州国の情報機関「保安局」の諜報員、氷室。ロシアスパイと諜報員による幕開けですからなかなかのもの。おまけに、ロシア娘と氷室は恋仲という設定です。
 8月10日、ソ連軍が国境を越えなだれ込み、この処刑の一日後には牡丹江にやって来るという知らせがもたらされ、波子の子供と使用人を連れた脱出劇が始まります。このまま脱出劇が続くのかと思えば、話は12年前の小樽に遡り、波子と夫勇太郎のなれ初めと勇太郎を満州に誘う大杉少尉の奇妙な三角関係となります。勇太郎は波子と結婚し、不景気な日本を捨て満州に渡り、波子、勇太郎と氷室、大杉を加えた満州クロニクルが始まります。

 構成からいうと、まずロシア軍の侵攻と波子の逃避行があり、途中小樽での波子と勇太郎の馴れ初めと満州での成功物語を挟んで、引き揚げに続きます。牡丹江→ハルビンへの逃避行と、ハルビンでの収容所生活、日本への帰還は、かつて様々に書かれた体験談のヴァリエーションに過ぎません。面白いのは満州に住む日本人が満州国をどう見ていたかです。
 関東軍の兵站を一手に握る国策会社・協和物産の塚本が登場し、満州の実体が明らかにされます。塚本によると、満州の人口3000万人のうち満州族は(その多くが中国本土に移住したため)200万に過ぎず、朝鮮民族100万、日本人20万(敗戦時には100万)、ロシア系10万、残りの90%が漢民族であり、満州人の実態は中国人です。

「満州とはただの地名のことですか」
「そういうことです。満州族のいなくなった漢民族の土地です。」
「独立はしたけれど、満州国国民というものはひとりも存在しないということですね」
「そうです。皇帝がいて、政府と軍隊はあるけれど国民はいない。憲法もない。国民が一人もいないのに、満州国紙幣というお札だけが飛び交っているというわけです。」
「森田さん、あなたは満州国に帰化しますか」
「いや、私は日本人のままでいい」
「そうでしょう。中国人だってそう思っている。そう思いつつ本国復帰のチャンスをうかがっているのです」

 満州国に「国籍法」は存在しないこともありますが、これが満州帝国の実態に近いものでしょう。日本帝国が欲しかったのは、満州の資源であり工業であり、国内で余る労働力のはけ口であり、ロシアとの武力衝突の緩衝地帯です。塚本によると、これが「王道楽土」「五族協和」の姿だといいます。『赤い月』は、この「空洞国家」に夢を託し、夢破れた人々の物語といえます。

 作者は1938年牡丹江市に生まれ、父親は酒造業をしていたということですから、この物語の森田の次男公平に相当します。7歳で日本に引き揚げて来ますから、引き揚げの体験はこの物語に近かったのかもしれません。

タグ:読書
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