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再読 天子蒙塵(1) (2016講談社) [日記 (2022)]

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 「蒙塵」とは、宮殿の外で塵をかぶる意から 天子が変事に際し難を避けて逃れること、だそうです。
 『蒼穹の昴』第5部。主人公は清朝最後の皇帝で満州帝国皇帝、溥儀。愛新覚羅溥儀は波乱の人生を送ります。わずか3歳で清王朝の第12代皇帝に即位し、辛亥革命による清朝崩壊で6歳で皇帝の地位を追われ、紫禁城居住を許され歳費を充てがわれる廃帝となります。その間結婚もしますが、第二夫人との離婚という前代未聞の椿事に見舞われるという波乱の人生。暗殺を怖れ、紫禁城を脱出(蒙塵)して関東軍によって満洲国皇帝となります。満州族の溥儀が、征服王朝の皇帝を罷免され故地の満州で皇帝に帰り咲くのですから、これはこれで筋の通った話です。が、組んだ相手が日本帝国だったと云う不幸でもあります。
 
 溥儀の第ニ夫人文繡がその溥儀の「蒙塵」について語ります。同席するのは、『蒼穹の昴』李春雲と『兵諫』に登場した朝日新聞の北村。

あの人と初めて出会ったとき、何という凶相の持ち主だろうと思った。
背は高いけれど病人のように薄っぺらな体で、ひどい撫で肩だった。花の茎のように細い首の上に、じっとしていても殆うげに見える顔が載っていた。 小さくて虚ろな目に、度の強い近眼鏡をかけていた。すべての部分が華奢で小さいのに、唇だけが、まるで海鼠のようにぼってりと厚かった。ともかくすべてが、 ひどく不均衡に見えた。
わたくし、ひとめ見たとたんに跪礼することも忘れて後ずさったわ。この凶相に近付いたら、自分も災厄を免れないと思ったから。

作者は上手いこと書きます。写真を見る、凶相とまでは言えないまでも、20歳まで紫禁城の奥で世間と隔絶されて皇帝として過ごすとこうなる、という顔ですw。

 溥儀を担いで清朝再興(復辟)を目論む勢力もあり、国民政府にとって溥儀は危険な存在。1925年、暗殺の危険を感じた溥儀は、復辟派の鄭孝胥(後の満洲国総理)と家庭教師の英国人ジョンストンの手引で、第一夫人婉容と文繡ともども紫禁城を脱出します。イギリスが受け入れを拒否し、匿われたのは日本公使館。妻妾同伴で逃げ回る異様さを、文繡の眼が冷静に写します。溥儀を語るに、後に離婚を突きつけた文繡こそが適役と作者は考えたわけです。
 溥儀は北京から天津の日本租界に移動します。シナリオを描いたのは、天津総領事の吉田茂、満州に一歩近づいたわけです。天津では張作霖、張学良と会い、奉天に来ないかと誘われます。溥儀が中華の支配者として相応しいかを見極めたわけで、答えは否。張学良と溥儀の会見を横で見ていた文繡の述懐も辛辣。

夫には男性としての劣等感もあったことでしょう。軍隊を喪った皇帝と、大東北軍を率いる若き将軍。異性に興味を持てぬ、また誰も異性としての興味など抱いてくれぬ男と、醜聞を勲章みたいに飾っているプレイボーイ。
あのころの夫と漢卿は、世界で一番わかりやすい、影と光でしたわ。婉容は漢卿が大嫌い。皇帝の不安は皇后として共有しておりますし、ましてや夫の抱いている劣等感は、妻にとっても同じかそれ以上です。 夫と漢卿が影と光ならば、その影の中の影が婉容でした。

最後に婉容をチクリ、女心です。
 婉容は満州族の貴族の旗人の娘で、父親は資産家。天津のミッションスクールで教育を受けた良家の子女。一方の文繡は北京の胡同で母親と内職をして暮らす落ちぶれた貴族の娘。文繡は側室ですから、何事においても皇后・婉容の風下に立つわけです。『天子蒙塵』第1巻は、溥儀の虚人振りと彼を巡るふたりの妃の確執の話です。謀略もミステリもありませんからイマイチ。もっとも、溥儀を傀儡国家満州の皇帝にすると云う大謀略があるわけですが。

そう。わたくし、夫を捨てましたのよ。
大清二代の最後の皇帝。いえ、五千年も続いた中華帝国の最後の皇帝。そのことだけでも、彼は人類史における最悪の運命を背負った人間でした。
 文繡ひとりで離婚訴訟が起こせるわけはなく、バックにいるのが張作霖の第六夫人の馬月卿。馬月卿が弁護士を用意し財政支援をします。張作霖を暗殺し、東三省に兵を進めて溥儀を担いで満州国をでっちあげる日本にとって、溥儀のスキャンダルは痛手となる筈。馬月卿は、これは夫を殺害し故郷を乗っ取る日本に仕掛けた戦争だと言います。
 弁護士は、天津地裁に溥儀を中華民国の法律で禁止されている重婚の罪で告訴し、婚姻事実の無効を申し立てます。このスキャンダルは現地の新聞で大々的に報道されますが、関東軍が裏で動き日本では一行も報道されなかった様です。スキャンダル収拾に奉天特務機関長の土肥原賢二が動きます。訴訟を示談で済ませ、溥儀を満州に迎え入れようというわけです。(2)へ。

タグ:読書
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