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加藤陽子 それでも、日本人は「戦争」を選んだ(2) 日中戦争 [日記 (2024)]

それでも、日本人は「戦争」を選んだ   続きです。
 日清戦争と日露戦争は日本の安全保障、特に朝鮮半島を巡る戦争でした。第一次大戦も、ドイツの山東半島、パラオやマーシャル諸島などの南洋諸島の権益を得ますからこれも安全保障のための参戦で、山東半島を得れば有事に際し迅速に中国への派兵が可能となり、南洋諸島は対アメリカの防波堤です。というのが前回までの話。

満蒙は日本の生命線
 では、泥沼と化した満州事変と日中戦争、敗戦に終わった太平洋戦争はどうだったのか?。関東軍の謀略、柳条湖事件によって起きた満州事変、盧溝橋事件を契機とする日中戦争は安全保障のためという大義名分は無さそうです。あったのは、戦争を支持する日本の世論だといいます。
 ロシア革命によってロマノフ王朝が倒れ、南満州鉄道の沿線に鉄道守備兵を置く権利、満鉄の併行線を中国側は敷設できないとの取り決めが反故となり、中国もこれを認めなかったために、満蒙特殊権益を護れという世論が沸騰します。その象徴が、「十万の英霊と二十億の国帑(費)」を費やして獲得した「満蒙は日本の生命線」(松岡洋右)というスローガン。これを新聞ラジオが煽り、世論を背景に陸軍中央は関東軍の暴走を追認します。

松岡の主張は、第一に、経済上、国防上、満蒙は我が国の生命線 (Life line) であること、第二に、我が国民の要求するところは、「生物としての最小限度の生存権」であること、にありました。・・・つまり、満蒙は日本という国家の生存権、主権にかかわると述べたわけです。

大東亜共栄圏
 もうひとつ、日本のエリート層は日中戦争を「戦争」と考えていなかったと言います。大蔵省のエリート官僚の発表した論文が引用されます。

 「日支事変」(日中戦争)は、資本主義と共産主義の支配下にある世界に対して、日本などの「東亜」の国々が起こした「革命」なのだ、という解釈を展開していました。台湾、朝鮮を含む日本、そして一九三二年に関東軍が背景にあって建国された「満州国」、これに、おそらく日本の占領下にある中国などを加えた総称として、「東亜」といっている。この東亜が、英米などに代表される資本主義国家や、ソ連などに代表される共産主義国家などに対して、革命を試みている状態、これが日中戦争だ、と。 戦争ではなく、革命だといっている。

ちなみに、近衛文麿のブレーンだった尾崎秀実(ゾルゲ事件で処刑)なども唱えた主張です。

 「満蒙は日本の生命線」「大東亜共栄圏」のふたつを背景に、日本は満州事変を起し日中戦争の泥沼へと足を踏み入れたと言います。世論に押されて戦争を始めたとのかと言うとそんなわけでは無く、軍部の主眼は別の所にあります。来たるべき対ソ戦に備える基地として満蒙を中国国民政府の支配下から分離させること、 そして、対ソ戦争を遂行中に予想されるアメリカの干渉に対抗するため、対米戦にも耐えられるような資源確保基地として満蒙を獲得することにあったようです(石原莞爾、最終戦争論)。

世界不況
 一方で、1929年から始まった世界恐慌は日本にも波及し農村を直撃します(就業人口の50%弱が農民)。この時、農村救済に消極的な政友会、民政党に代わって「農山漁村の疲弊の救済は最も重要な政策」と断言してくれる集団が軍部でした(陸軍パンフレット「国防の本義と其強化の提唱」)。軍は農民の味方だという認識が国民にあったわけです。

 (1934年陸軍が作成した)「政治的非常事変勃発に処する対策要綱」にも、農民救済策が満載されていました。 政友会の選挙スローガンなどに農民救済や国民保健や労働政策の項目がなかったのに対して、・・・義務教育費の国庫負担、肥料販売の国営、農産物価格の維持、耕作権などの借地権保護をめざすなどの項目が掲げられ、労働問題については、労働組合法の制定、適正な労働争議調停機関の設置などが掲げられていた。・・・政治や社会を変革してくれる主体として陸軍に期待せざるをえない国民の目線は、確かにあったと思います。

 軍が国民の窮状を救おうと言うわけです。これの世論が軍の暴走を許すことにもなります。

ソ連の脅威
 日露戦争に敗れ革命で崩壊したロシアは、産業の重化学工学化である五カ年計画の成功によって復活し、再び北方の脅威となります。陸軍は、満州国という傀儡国家だけで安心できず、華北5省を日本の影響下に置き日本軍の飛行機を配備しておこうと考えます(華北分離工作)。華北を国民政府から切り離し、南京などの経済圏とは切り離した経済圏、政治圏をつくろうとします。これによって、中国との対立は増々深まり、偶発的な盧溝橋事件によって始まった日中戦争は、安全保障のために華北から上海、南京へと拡大してゆくわけです。日中戦争もまた、日本人によって選ばれた「戦争」だったというのが本書の主張です。

 では、太平洋戦争はどうだったのか?

タグ:読書 昭和史
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