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高村薫 マークスの山 講談社文庫 [日記(2006)]

マークスの山(上) 講談社文庫

マークスの山(上) 講談社文庫

  • 作者: 高村 薫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2003/01/25
  • メディア: 文庫

 昭和51年、南アルプスの麓の建設現場で起きた殺人事件から幕が上がる。事件は地元警察により一応解決をみるが、平成元年、白骨死体が偶然発見されたことにより新たな展開をみせる。地方警察署でスタートし、老練な年配刑事の捜査が後に東京に跳び、徐々に犯人の過去と動機が明らかになる。殺人事件の捜査と犯人とおぼしき人物の物語が交互に同時進行する。犯人は最初から明らかにされている。犯人を追い詰めるにしたがって見えてくる被害者達の闇であり、この謎が読者を最後まで引っ張ってゆく。
 この辺りは松本清張の「砂の器」を思い起こさせる。松本清張と異なるのは、犯人と警視庁捜査1課の刑事達の現代性である。社会派推理小説が盛んであった当時とは、明らかに時代に対する作家の認識が異なる。

 「マークスの山」は高村薫のそれまでの作品と比べると物語のテンポが明らかに異なっている。内省的な晦渋さが消え、表現と展開が明快である。犯人探しという明快な謎を扱った警察署小説であるためなのか、警視庁捜査1課という集団を物語の中核に据えたためか、元原研技術者が原発にテロを仕掛ける謎(神の火)に比べると明快である。あるいは、この小説で高村薫はハードボイルドを意識したのだろうか。

 ヒーロー合田雄一郎以上に個々の刑事達の個性とその集団の造形が興味深い。第一の殺人現場に捜査1課7係が次々と登場する場面は躍動感にあふれている。
・「固すぎて鋳型にはまらない出来損ないのコンクリート」アトピーの森巡査部長<<お蘭>>30歳。 ・「愛人宅から現場に駆けつけ、世慣れたサラリーマン根性と傲慢さが同居する薩摩の古狸」肥後<<殿様>>43歳。 ・「捜査1課随一の二枚目と自称して憚らない厚顔と口八丁手八丁、現場に1番乗りを常とする」有沢巡査部長<<風の又三郎>>35歳。 ・柔道七段、ダスターコートのポケットに岩波新書か渋沢龍彦を忍ばせる7課一番の物静かな秋田出身の色白、広田巡査部長<<雪之丞>>35歳。 ・刑事生活を3年やっても頬もこけず胃も壊さず、金ボタンのブレザーでピーチクパーチク飛び回っている能天気な健康優良児<<十姉妹>>松岡巡査二十?歳。 ・ミルキーという菓子の箱についている人形の絵そっくりの恐るべき童顔とは裏腹に、東大卒の複雑怪奇にねじれた頭脳は年がら年中まさに異彩を放ちまくっている」<<ペコ>>吾妻警部補36歳。 ・捜査1課最年長の警部で定年までもう昇進はない、叩き上げを絵に描いたような刑事。影が薄く、声も小さく、腹に何が入っているのかもよくわからない<<もやし>>林警部・第7係長。 ・警察官職務執行法が服を着て歩いているような、捜査1課230名の中で口数と雑音が少なく、もっとも堅い目線を持った合田雄一郎、警部補。  これら個性的な8人の刑事が織り成す人間模様は、テンポの速い会話とあいまって物語の魅力となっている。会話は、刑事が殺人事件を題に漫才をすればこうなるのかと思わせる。ボケと突っ込み、言葉の裏と「間」の妙が面白い。さすが大阪の作家である、とは穿ち過ぎだろう。  犯人より、被害者が引きずる謎で物語を最後まで引っ張って行くのだが、「リヴィエラ」「神の火」同様、最後はちょっと物足りない。折角、吾妻と被疑者の息詰まる攻防を用意したのだから、最後はもっと落差のある結末を期待したかった。マークスの「山」の暗喩ももうひとつ納得しがたい。あそこまで「山」に拘ったのなら、「山」である必然がもっとあってもよさそうだと、皮相な読者は思うのだが。  またまた「増補改訂版」である。高村薫にとっては、直木賞受賞作も気に入らなければ書き直しの対象となるらしい。 ☆☆☆☆★


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