ロバート・マキャモン 遙か南へ [日記(2007)]
原題は”gone south”。作中、主人公ダンに解題させています。「(ベトナムで)誰かが神経をやられるとーつまりイカれると、やつは南へ行った、と言ったんだ」と。ベトナム戦争従軍歴のある主人公ダン・ランバートの「南へ行く」物語です。一言で云えば、ベトナムで枯葉剤を浴びて白血病を患い、神経症になった主人公が、家庭も仕事も破綻して殺人を犯し、ピックアップトラックで南へ逃亡する物語です。ベトナムで南へ行かなかったダンは、戦争終了後、本国で南へ行くという皮肉な結末を迎えるわけです。わずかな銀行ローンが払えず、殺人を犯し「南へ行く」わけです。
南へ向かうダンとダンを追うふたりの賞金稼ぎ、ダンが途中で車に乗せることとなる若い女性アーデン。当然アーデンも普通の女性ではありません。美しい左半分の顔と赤い痣に染まった右半分の顔を持つ女性です。この4人が織りなす逃亡と追跡の物語です。
ロバート・マキャモンですから、普通の逃亡物語にはなりっこない。主人公ダンにからむ登場人物がとても、いや全く普通でないわけです。懸賞金のかかったダンを追うのが、賞金稼ぎフリントとその相棒。賞金稼ぎはなんと三本の腕を持ち(腕の主はの名はクリント、しかもフリントと合体していて、ホールド・アップしたまま第三の手でデリンジャー(拳銃)を撃てる!)。相棒はエルヴィス・プレスリーのソックリさん。しかも太った太鼓腹のエルヴィスで名前がペルヴィス。この人を食った設定がドタバタ劇とならないところが、怪物オールド・モーゼスを登場させ、主人公に自転車で空を飛ぶ離れ業を演じさせながら、『少年時代』を優れたファンタジーに仕上げた作家の力量でしょうか。
『少年時代』のオールド・モーゼスは登場しませんが、ザ・レディーは本書では「万病を癒すとされる伝説の女」ブライト・ガールとして登場します。
この小説を解くのもひとつのkeyは、ベトナム戦争です。中盤まではロードノベルですが、後半の車を無くしてから、河を下り沼地へのダンとアーデンの逃避行は(アーデンはブライト・ガールを探す目的があるのですから、逃避行とはいえないのですが)ベトナムの再現です。戦闘の場をアメリカ南部の湖沼地帯が選び、M16(自動小銃)やベトナムで使われたクリークの掃海艇まで登場させた作者は、再現されたベトナム戦争に再び主人公を投げ入れ、自分の人生を棒に振ったベトナムのトラウマから解放させようと試みます。
『少年時代』で12歳の少年の成長物語をファンタジーを借りて書いた作者は、本書では、様々な重荷を背負った大人達の再生の物語を書きました。そういった意味では、まことにマキャモンらしい小説だと言えそうです。
「少年時代」を読まずに本書だけ読むと?→☆★★★★
「少年時代」を読んでから本書を読むと?→☆☆☆★★ かな
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