SSブログ

高村薫 太陽を曳く馬(下) [日記(2009)]

太陽を曳く馬〈下〉

太陽を曳く馬〈下〉

  • 作者: 高村 薫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/07
  • メディア: 単行本






 上巻では秋道の殺人事件が中心となって展開されますが、もうひとつの事件があります。元オウム真理教信者で、てんかんの持病を持つ青年僧が車にはねられて死亡します。青年僧の両親は彼が所属する寺の監督責任について刑事告発をします。この事件を雄一郎が担当し、証拠として告訴状に添付された彰之の手紙を読むことによって上巻が成立していました。

 下巻は、雄一郎がこの青年僧の事故死を捜査し、事情聴取での僧侶との対話の形をとっています。下巻で、作家は秋道の殺人事件を底流として宗教を問います。下巻のテーマは宗教ですが、上巻で、己の存在を守るために起こした殺人の意味を問うかたちで、宗教にメスが入ります。世界認識の方法たる宗教とは、宗教における信仰とは、信仰の主体たる人間の存在とはそも何なのか、と云うことでしょうか。

 世田谷一家惨殺事件の捜査会議に駆り出された折りの雄一郎の『妄想』こそが、本書の核心かもしれません。宗教と云うより信仰、形而上的な概念の虜となった人々の心象世界が、現実の世界と係わりもった時に起こる軋轢を描こうとします。

点の迷いもなく家に侵入を果たし、まずこいつ、そしてこいつも、というふうに殺害行為に身を投じ、ただ己が行為そのものに専心するのだ。

瞑想や五体投地をするのと同じ一点集中の顔をしてサリンを地下鉄に撒いた青年たちのように。

アッラーを讃えながら旅客機とともに世界貿易センタービルへ突っ込んだテロリストたちのように。

自作の神を立てて近所の子供の首を切り落とした少年のように。

またあるいは、東京の真ん中に結界を築いてそのなかでただ坐り続ける僧侶たちのように。

雨戸を閉めた真っ暗な部屋で二次元の光に見入る絵描きのように。・・・(管理人注:秋道のことです)

 オウム真理教信者、イスラム原理主義者、神戸児童惨殺事件の少年、(本書に登場する)永劫寺の禅僧達、秋道、雄一郎の妄想に立ち現れた彼等こそ、魂(神)の王国に棲む人々です。そして、雄一郎の妄想の中では彼らは同等に扱われます。王国の原理に立った行為は、時に犯罪と呼ばれ弾劾され裁かれるだけす異なった原理が、もう一つの異質な原理を裁くことの不条理を云っているようです。

 引き続き展開される、雄一郎と永劫寺の3人の対話も難解です。事情聴取の形をとって、仏教とオウム真理教の違い(または同一性)を明確にし、宗教とは何か、宗教という虚構を築いた人間の在りようとは何かを問うことに作家の意図はあるのでしょう。難解なインド仏教の用語が頻出します。まぁイニシエーションやポアなら分からないこともありませんが。

 信仰というものを宗教の原点に据えれば、地下鉄サリン事件は、仏教徒によって引き起こされても不思議ではないわけです。仏教者の仏に対する信仰とオウム信者の麻原に対する帰依に何ほどの違いがあるのか?五人の論争のなかで、オウムも仏教も(雄一郎の妄想を借りればイスラムのテロリストも)同じ地平に立っていることが次第に明らかとなります。宗教も、世界認識の一つの方法なのでしょうが、その根幹の信仰と妄信とはどう違うのか?彰之は、問いを発し続けることが自分の信仰であり、世界認識の方法であり、自己の存在の原点だと云います。これって、デカルトですか?

 『太陽を曳く馬』で高村薫は何を書いたんでしょう。つまるところ、人間の心の闇を描き、この闇と宗教はコインの表裏のように片方では存在し得ないという人間存在の根源に踏み込もうとした?と思うのですが。そして答えはあったのかどうか。
彰之が秋道に宛てた手紙で、物語は青森の津軽七里長浜の砂丘に帰って行きますが、小説ですからそうなんでしょうが、それがまた余韻をのこすんでしょうが・・・。悪夢をみて、あたふたと拘置所に駆けつける彰之で小説が終わっている辺りは、ほほえましい。

 高村薫は『黄金を抱いて飛べ』以来そこそこの読者なのですが(新潮を読むほど熱心ではない)、『晴子情歌』辺りから作風が変わってきたかなと思いながら、『新リア王』までは何とか付いていけましたが、今回はお手上げです。雄一郎も登場することだし、『惨劇の部屋は殺人者の絵筆で赤く塗り潰されていた。』(新潮社のキャプション)殺人もあるんだ、と警視庁捜査1課のメンバー、『お蘭』『又三郎』『雪之丞』の登場を期待したのですが・・・。

広辞苑とwikipedeaで調べながら読む小説は初めてです。もう一回最初から読んでみるか。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0