船戸与一 満州国演義1 風の払暁 [日記(2010)]
『演義』を広辞苑であたると、
①事実を敷衍(ふえん)して面白く説くこと。
②中国で、歴史上の事実を修飾し小説的興味を添え、俗語で叙述した書。「三国志演義」の類。演義小説。
とあります。『事実を敷衍(ふえん)して面白く』、これですね。
長州出身、奇兵隊士として明治維新を戦い西南の役でも活躍した祖父を持つ、敷島家・四兄弟の物語です。
長男(太郎):東大法学部卒の外交官。ロンドン大使館を経て奉天総領事・参事官。
次男(次郎):18歳でヤクザと私闘し、ヤクザを半殺しにし自身は片眼を失う。満州に渡り馬賊の長となる。
三男(三郎):陸軍士官学校を経て、関東軍独立守備隊・少尉。
四男(四郎):早稲田大学生。プロレタリア劇団に参加し、劇団崩壊ご東亜同文書院へ入学。
それぞれに立場を異にした敷島家四兄弟の目で、五族共和の理想の下に建国されそして潰え去った満州国の興亡が描かれます。
第1巻は昭和3年(1928年)~4年(1929年)、張作霖爆殺事件を中心に、昭和金融恐慌に始まった慢性的な不況の捌け口として軍官民挙げての満州進出が、敷島家四兄弟の活動を通じて描かれます。
日本の大陸進出は、日清戦争の勝利(下関条約)によって得た朝鮮支配と日露戦争の勝利(ポーツマス条約)で獲得した鉄道、付属地の運営(満鉄)、旅順・大連の租借、朝鮮支配の独占にあるわけです。
『日本帝国主義』と悪名高い関東軍の独走が満州国を生む(と教科書には書いてあった?)のですが、これは、一部の資本家と軍部だけの仕業ではなく、日清日露を勝ち抜き(日露は?)一流国になったという成り上がり意識と自己肥大、昭和恐慌の余波で身売りまで起こる貧しさの捌け口を求めた日本国民の意志でもあるわけです。おまけに、日清戦争では三国干渉によって遼東半島を放棄させられ、ポーツマス条約でも賠償金で苦汁を飲まされた恨みも加わって、日本人の意識の底には、朝鮮半島の向こうの満州は日本領土みたいなもの、あわよくば取ってやろう、という意識があったのではないかと思います。
奉天総領事館の参事官室での描写です
農村の婦女子の身売りはさらに増加の一途を辿るだろう。紙面には直接触れられてはいないが、余剰人口処理のためにさっさと満蒙を奪えという声が聞こえてきそうな気がする。太郎は新聞各紙読み終え、ふうっとため息をついた。
これが国民レベルでの満蒙領有論でしょう。
そうした背景のもとで関東軍大佐・河本大作による張作霖爆殺事件がおこります。
河本らは、予め買収しておいた中国人アヘン中毒患者2名を現場近くに連れ出し刺殺、放置し(3名いたが1名が逃亡)・・・Wikipedeia
作者は、このアヘン中毒患者2名の刺殺に三郎を関係させます。
歴史が示すように、列強の反発を回避するため満蒙領有論は満蒙独立論へとかわり、満州国建国へと流れて行きます。
『満州国演義1』ではこうした時代背景を、政治に関わる部分は外交官・太郎、軍部に関わる記述は関東軍少佐・三郎が担当します。民間人である馬賊・次郎、早大生・四郎はもっぱら物語の枝葉である様々なエピソード(コッチの方が面白い?)を担当し、ストーリーに起伏を作り出しています。さらに、この四兄弟を膠着するかのような謎の人物、関東軍特務・間垣が存在します。
面白いです。約400頁のハードカバーが1日ですから、勿体ないといえばモッタイナイ話しですねぇ。
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