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読書 江藤 淳 荷風散策 -紅茶のあとさき- [日記(2010)]

荷風散策―紅茶のあとさき (新潮文庫) 
 『ストックホルムの密使』の中に永井荷風が一瞬登場します。東京空襲の最中、寓居『偏奇館』を焼け出され、かの有名な日記『断腸亭日乗』と小説の草稿の入った『手革包』を持って悄然と立っているの荷風に山脇が出会います。
 というわけで、荷風を読もう^^;。いきなり荷風は何ですからトレーニングに標題のエッセイを読んで見たのですが、これがなかなか手強いです。

 江藤淳は夏目漱石で世に出た評論家です。漱石自身、明治という時代への嫌悪と江戸文化への傾斜を持った作家ですから、漱石を論じた江藤にもそうした傾向があるのでしょう。
 江戸情緒の残る葛飾、浅草の下町を愛し、時代に背を向けて女給、私娼、踊り子への偏愛と漁色を描いた荷風への思い入れは、漱石に対する想いと同じものでしょう。

 荷風は、死の前日まで40年以上にわたって『断腸亭日乗』なる日記を付けていたことは有名です。著者は小説とこの『日乗』の間をいきつ戻りつ、創作の秘密に分け入ります。

 『ひかげの花』のヒロイン『お千代』の生み出される秘密を『日乗』から探り出し、そのモデル黒澤きみと荷風の関係を明らかにします。

・・・烏森の境内の小待合真砂に往き黒澤おきみに逢ふ。去年十二月の初蠣殻町小待合近藤の帳場にて始めて逢ひしなり。年廿五六。閨中秘戯絶妙。而も欲心なく、頗廉価なり。元高嶋屋百貨店売娘なりしと云。

 これが『日乗』昭和8年11月17日の記述だそうで、驚くことは、荷風は下書きをしてからこの『日乗』を書いているそうで、公開を前提とした日記なのです。しかし、ここまで書きますかね。

 永井壮吉を主人公とした『断腸亭日乗』という小説がまずあって、太陽の周りを衛星が回る様に荷風の小説がある、そんな関係かもしれません。

 荷風の生き方が面白いです。『偏奇館』に独居の自炊生活(もっとも外食も多い)、ラジオも新聞も無い生活で、大正が昭和に変わった事(天皇崩御は知っていた)も真珠湾奇襲も外出時の号外で知るという世間に背を向けた生活です。
 で、この先生の興味はと云うと、吉原であり玉ノ井であり浅草であり、そこにうごめく男女の色模様をつづった小説の執筆と40年続いた『日乗』の記録です。自分の生きる時代に愛想を尽かしたように、

 漱石が明治にあって江戸を懐かしんだように、荷風は昭和初期にあって明治に憧れ、江藤は戦後の雑駁な時代にあって荷風の生きた大正、昭和の風情に浸ります。
 『荷風散策』は、そんな構図でしょう。『墨東奇譚』や『ひかげの花』の精緻な分析の後ろには、江藤淳の浮薄な時代を嫌う潔癖で幾分狷介な顔が覗いているような気がします

 荷風か江藤淳に興味があればお勧めです。興味があれば、こちらもご参照⇒半藤一利『永井荷風の昭和
ちょいワルジジイの時代が来れば、荷風散人は最右翼でしょうね。



タグ:読書
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