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映画と原作 (2) 『薬指の標本』 [日記(2011)]

薬指の標本 (新潮文庫)薬指の標本 SPECIAL EDITION [DVD]  またまた『薬指の標本』の話です。原作を読んだので、監督のディアーヌ・ベルトランは小川洋子の小説をどう読み、如何に映像化したかが気になります。
 映画は原作に忠実に作られ、原作から大きく逸脱している部分はありません。原作そのものの完成度が高いのか、ディアーヌ・ベルトランと小川洋子の感性が一致をみたのか、たぶん両方なんでしょう。ここココに、ふたりのインタビュー記事ありました(青文字で引用)。

《原作の映像化》
1)標本室(ラボ)
森の奥.jpg 少年1.jpg
こんな森の奥にあります、異界ですねぇ     ラボ全景 →早くも少年登場!

2)わたし ⇒イリス(オルガ・キュリレンコ)
わtし2.jpg わたし1.jpg

 キャスティングも、とてもうまく決まっていると思いました。とくに女優さんが、半分だけ、つま先だけ少女の気配を残している、だけど体は成熟している。そんな微妙な人生の一瞬にいる女の子という設定を、演技と根っからの素質で見事に表現していました(小川洋子)
 個人的には少女の気配はあまり感じませんが、肉体と表情のアンバランスと云うことでは、そうなんでしょう。原作では名前がありませんが、映画ではイリスという名前が与えられています。ホテルの部屋をシェアしていて、イリスとニアミスする青年も名前を持っています。名前を持っているのはこのふたりだけで、これはディアーヌ・ベルトランの明確な意思でしょうね。
 オルガ・キュリレンコを起用したことで、この映画の成功は半分決まったと言っていいでしょう。なかなか個性的な女優です。この後『007 慰めの報酬』でボンドガールに起用されています。

2)標本技師・弟子丸 ⇒マルク・バルベ
 小説では弟子丸氏と呼ばれる標本技師です。
弟子丸1.jpg 弟子丸2.jpg
 技術士がずっと彼女を見ている、その視線の角度とか粘り気とかは上手いなと思いました。会話が少ない映画なので、彼が彼女を見ているという場面が、とても印象に残るんです(小川洋子)

粘るような視線、これ言えてます。一度見るとちょっと忘れられない特異なキャラクターです。情報が少ないのですが、2011年春公開の、モーツアルト姉を描いた『ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路』で、モーツァルトの才能を見いだし世に出した父親のレオポルトを演じているらしいです。

3)
靴1.jpg 靴2.jpg
イリスを侵す靴                    靴に侵されるイリスの恍惚

 あの靴は、特別に監督がデザインして作らせて、サイズも何段階にも分けて作ったそうです。それで、だんだん靴がきつくなっていくのを表現していた。とにかく、細かいところに神経を使ってくださっていますね。試験管のガラスの古びた感じをどう出すか、キノコの標本をどんな形状にするか、私が小説を書くときに視点を集中させて書いた部分を、監督さんも、細かく丁寧に作り上げてくださっていました(小川洋子)

 作家も監督も、この『靴』には、相当な思い入れがあるようです。標本技師 ⇒ 靴⇒ イリス という構図の要です。最初映画を見たときには、フェティシズムかと思ったのですが違います。靴は、標本技師がイリスを侵すインタフェイスの役目を果たしています。

4)浴室
浴室.jpg 浴室2.jpg
浴室に横たわるイリス・・・棺?            かつての賑わいと喧噪

これも原作者のコメントがあります。

 あそこ(浴室での濡れ場)は、監督も一番苦労なさったって言ってましたね。私から見ても、とてもきれいな場面でしたよ。とにかく『かつて浴室だった場所』というのを書きたかったので、それが鮮明に再現されていたことに満足しました。言葉で表現できない気持ちの交流、ぶつかり合いが、よく出ていています(小川洋子)

 作者が浴室に拘っていたことが分かります。問題は『かつて浴室だった場所』です。女子寮の

 フランス語訳になったものをフランスの監督がお作りになるということで、どんなふうに変わっているのかなと、恐る恐るだったんです。でも、私が小説を書いた時点でイメージしていた映像そのものでした。言語が異なっていたり、監督さんはフランス人、主演女優はロシアの方だそうですが、そうしたいろんな壁を全部超えて、私と共通の風景を求めている作品のような気がしました(小川洋子)

6)地下室(標本技術室)
地下室.jpg
靴を脱いでいます

《原作に無い演出》

1)ホテルと青年、飾り窓の女
ホテル.jpg

 イリスはホテルに住んでいます。ホテルの主人の好意により、深夜に港で働き朝7時に帰る若者と一部屋を共同で借りています。イリスと青年は生活のリズムが違うため顔を合わすことはないわけですが、標本室からホテルの部屋に帰ると、青年のシャツが吊されていたり、読みかけの本があったり青年の存在を感じるわけです。この時、イリスは『靴』を脱いでいます。お互いに顔を合わすことはないのですが常に身近にその存在を感じる間柄です。
 冥界の入り口に立つイリスにとって、青年の存在は現世とつながる唯一の絆といってもいいと思われます。
 青年は街を離れる前夜にイリスを誘います。イリスは指定された酒場に出かけますが、親しげに女性と話す青年の姿を見て酒場を後にし、現世とつながっていた糸が切れます。

 あの小説は100枚ぐらいの短いものですから、ほとんど標本室の外には出ない設定になっています。でも、私がこれを書いているときは、標本室の外の世界がどうなっているかのイメージはしっかりと持っていたんです。書いてはいませんが。映画を見たとき、『確かにこうだったよなあ』と(笑)
自分が書いてた標本室と、港もホテルもちゃんとつながっていたんです。近くに娼婦の館があったり。で、少女がさまよって、けっきょくは標本室に戻っていくという場面も、私の中ではまったく違和感なかったですね(小川洋子)

 もうひとつ、『娼婦の館』があります。所謂飾り窓です。イリスがホテルを抜け出してこの『飾り窓』の前を通り過ぎ、中のひとりと視線が絡み合うシーンです。ガラスで隔てられた『飾り窓の女』は標本であり、通路からこれを眺めるイリスは対称の存在です。さらには、イリスが標本となる暗示でしす。
 映画では、物語の舞台は『港町』に設定されていますが、この港町も意味があるんでしょう。イリスは船に乗ってこの町にやって来、青年は船に乗ってこの街から去ってゆきます。
 
2)暑い夏
 この映画を見ていると、湿度を感じます。暑いからクーラーを入れようという会話は原作にもありますが、暑さと湿度がイリスの髪やうなじを通して伝わってきます。暑いはずの標本室で、標本技師は汗ひとつかかずに白衣を着ています。妖怪変化ですから汗はかきません(笑。

3)写真1(集合記念写真)
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 この写真を309号室の老婦人の部屋で目にします。この写真は老婦人の思い出の写真であり、当時女学生であった婦人も写っている筈です。なんと、この50年以上も前の写真に現在と同じ姿で標本技師が写っています(左端です)。この老女同様に老人となっているべき標本技師は、当時から少しも年をとっていないこととなります。
 写真を持っている309号室の老婦人は、この事実を知っている筈です。標本技師の興味は若いイリスにあって、ひからびた自分たちには無いわけですから安心しているんでしょうか。自身も歳を取って狐狸妖怪の類に近づいていますから、標本技師と同類かもしれません。

 原作には無いこの写真を登場させたことで、ディアーヌ・ベルトランは原作の世界が現世と冥府の隙間であることを描いています。そう考えると、この映画のいくつかの象徴的なシーンが納得できます。

4)写真2(女性のポートレイト)
問題の写真2.jpg
 223号室の老女が、地下室に消えたイリスの前任者について語ったシーンの後で、イリスが標本室でシャーレに入ったセピア色の写真を発見するシーンがあります。223号室の老女は、コツコツという地下室へ行く靴音と(旅立つ靴音?)それきり女は消えてしまったことを話し、どんな靴を履いていたかというイリスの問いに知らないと答えています。

 女性が履いている靴は、イリスの靴と同じです。この女性がイリスの前任者かどうかは不明ですが、この女性もまた標本技師から靴をプレゼントされ、地下室へ降りていって標本となったのでしょう。これもイリスが自分を標本へと駆り立てる動機のひとつです。

5)謎の少年
少年.jpg 少年2.jpg
 この少年だけは正体不明で(いや全員正体不明なんですが)、ストーリーに関係なく座敷童の様に現れてイリスをじっと見つめています。イリスが最初に標本室を訪ねた時にも、窓からイリスを見つめています、誰なんですかねぇ。観客にだけ見える幻かと思ったのですが、1シーンだけイリスと会話していますから、そうでもないようです。
 このシーンです、

少年3.jpg 標本技師.jpg

イリスを見つめる少年と標本技師は同じ構図で表現されています。これはもう、少年=標本技師という暗示でしょう。

最後に、ディアーヌ・ベルトランのインタビュー(2006.09)から、

 冒頭、工場で働くヒロインが不注意で欠けたビンに触れて薬指の先を切り落としてしまいます。・・・つまり彼女は薬指を失ったあとに特別な人として生まれ変わったわけです

 ヒロインは普通の世界で生きていくこともできたのに、不思議な魅力を持つ標本技師に魅せられた。それは、彼女が特別な人になったからなんです。不幸な出来事が彼女の背中を押すようにしてどんどんかつて経験したことない人生に導いていく。やがて彼女と標本技師との関係は絶対的な、100%の関係になっていきます。密度は高いけど、標本技師はミステリアスな人でいつも彼女と距離を保って、恋人同士のように接することがない。

 標本技師と生きていこうとすると、ものすごく深いところまで分かり合わなければならない。それはリスクがあってコワいことかもしれないけど、彼女はそれを選んで受け入れていくんです。

 この作品は物語の発端~展開~終えんという、ごく普通の作品とはタイプが違います。特に音楽にも注目してみてください。とてもゆっくりとしたリズムで、まるで映画を見ながら旅をしているような、そして旅をしている自分自身と最後に正面を向いて出会えるような作品です。

 ディアーヌ・ベルトランは、この映画がホラーとは言ってませんねぇ。どちらかというとラブストーリーを匂わせています。映画の宣伝のために来日したようですから、そんなこと言いませんが、よく聞くと、『特別な人として生まれ変わっ』『普通の世界で生きていくこともできたのに』『彼女はそれを選んで受け入れていくんです』と言っています。イリスが選んだ世界は、特別な世界=異界だとシッカリ言っています。

 東アジアの端でひとりの女性小説家によって紡がれた幻想が、フランスでこれも女性監督によって見事に映像化されることに、感動さえ覚えます。

以上、私の『牽強付会』かつ妄想です。

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