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読書 打海文三 裸者と裸者 ~孤児部隊の世界永久戦争~ [日記(2011)]

裸者と裸者〈上〉孤児部隊の世界永久戦争 (角川文庫) 終末もの、こういう小説は好きです。村上龍の『五分後の世界』『ヒュウガウィルス』『歌うクジラ』の系列ですが、村上龍から象徴性を取り去ってヴィジュアルにした近未来SFです。漫画化されているようですが、映画化しても十分面白いと思います。文庫本の装丁がこ小説の雰囲気をよく伝えていて、このブックカバーのイラストで買った人も相当いそうです。

 金融システムの崩壊と経済恐慌と財政破綻があった。打ちのめされた貧しい階層、社会的弱者、出稼ぎ外国人、市場競争の敗北者の群れが、路上に放り出された。
 海の向こうでも悪夢が現実のものとなった。中国の中央政権が倒されて、各軍管区が覇を競い、チペットと新疆ウイグルの二自治区が独立を宣言した。ほぼ同時期に、ロシアではサハリン油田の富を背景に極東シベリア共和国が誕生して、いっきに大動乱の時代が到来した。・・・
 応化二年二月十一日未明、〈救国〉をかかげる佐官グループが、第1空挺団と第32歩兵連隊を率いて首都を制圧した。


 日本崩壊の引き金は、ウィルスではなく経済。詳しくは触れられていませんが、これは現実味があります。小説は、崩壊後の無政府状態と化した北関東を舞台にした政府軍と武装集団の戦いが、15歳で徴用された反政府軍兵士カイト(海人)の目を通して描かれます。『孤児部隊の世界永久戦争』とあるようにカイトは孤児。父親は戦闘の巻き添えで死に、母親は武装集団に拉致されて妹恵、弟隆の三人で孤児となったカイトのビルドゥングスロマンです。日本全体がスラム化し荒廃した北関東の街で、残飯を集め煙草を売って妹弟と生きてゆく上巻の前半は、けなげです。

 後半は、反乱軍兵士カイトが、孤児の野生を生かして軍隊内でのし上がっていく姿が描かれます。秩序が崩壊した世界ですから、武力と富が結びつき、戦争をすればする程儲かる政府軍、反乱軍ともに誰も戦争の終結を望んでいないわけです。この混乱に乗じてドラッグの略奪で大金を掴んだカイトは、私兵を養い孤児救済に乗り出します。軍閥一歩手前で、馬賊は出てきませんが、マフィア、幇、軍閥が割拠し、まるで19世紀末の中国東北三省です。このドラッグと云うのもこの手の小説の定石ですが、東南アジア、ユーラシア大陸から難民が流れこみ、中国人、朝鮮人、ロシア人、日本人が渾然一体となってスラムを形成し独立王国を形成するというのもよくある設定です。

 『裸者と裸者』を特徴付けているのがゲイ、レズビアン、娼婦、外国人、孤児などの社会的弱者の扱いです。娼婦の自衛武装組織ンガルンガニ、性的マイノリティーの軍事組織『虹の籏』、女の子のマフィア『パンプキン・ガールズ』、朝鮮族マフィア『高麗幇』があり、それと敵対する敵役に性差(男)と民族ナショナリズム(日本人)を標榜する『モーセ』が配されます。カイトの属する孤児軍はこのマイノリティーを支持し、戦争によって肥え太る組織と鋭く対立します。

 『裸者と裸者』は『愚者と愚者』→『覇者と覇者』と続く応化クロニクル3部作の第1部です。上巻では『応化』世界のレイアウトが解説され、下巻では、その『応化』世界で女の子のマフィア“パンプキン・ガールズ”の活躍?が描かれます。

「ときには乱交パーティの愛好家」
「なにかまずい点でもあるのか?」ビリイが口をゆがめ、薄く笑った。
「変態女を信用しろっていうのか」
「不道徳であることと、人権感覚があるってことは、対立した概念じゃないぜ」姉妹の言葉にビリイは首をかしげた。
  また
「ドラッグは悪だっていう認識はあるの?」ビリイが訊いた。
「あるさ。だから仲間には禁じてる。あれは廃人をつくるだけだ」姉妹は言った。
「だったらいますぐドラッダ取引をやめるべきよ」
「べっの方法で戦費を調達できれば」
「当分、その気はないってことね」
「あんまり厳密に考えるな。人間のやることで、悪をまぬがれてるものなんかほとんどな
いんだ」

このアナーキーさが本書の魅力です。銃弾にロケットランチャーが飛び交い血と肉片が降り、ドラッグと売春と殺人の世界ですが、悲惨さは無く、コミック的な乾いた明るさに満ちています。本のカバー・イラストそのままの世界です。

 かつて武力革命を志したグループが存在しましたが、繁栄の惰眠を貪る『人民』からは浮き上がって、銃撃戦の末自滅しました。経済破綻による政治の弱体に自衛隊と警察の反乱を加えれば、『裸者と裸者』の世界はそんなに荒唐無稽な話しではなさそうです。そういう意味では、作者の年齢から邪推すると、この物語は全共闘世代の見果てぬ夢かもしれません。立松和平(1947年生)の『光の雨』が右に逸れた物語なら、打海文三(1948生)『裸者と裸者』は左に逸れた物語かもしれません(左右に意味はありません)。

 デイヴィッド・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』を思い出しました。少し似てません?それと、『裸者と裸者』はノーマン・メイラーの『裸者と死者』と関係あるんでしょうか?

裸者と裸者〈下〉邪悪な許しがたい異端の (角川文庫)

裸者と裸者〈下〉邪悪な許しがたい異端の (角川文庫)

  • 作者: 打海 文三
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2007/12
  • メディア: 文庫

タグ:読書
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