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読書 伊藤計劃 虐殺器官 [日記(2012)]

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
 虐殺機関ではなく虐殺「器官」です。

 9.11のあと世界はテロとの戦いをはじめた。当時の大統領は自国民を盗聴する許可をNSAに与え、軍隊が街頭に立つようになり、他の国もそれに倣ったが、いくら厳しく締め付けてもテロは起こり続けた。そうした流れが何年にもわたって続き、結果としてモスレム原理主義者の手作り核爆弾サラエボが消えることになる。

 イスラムの過激派が作った核爆弾でサラエボが地上から消え去った世界で、テロと戦う米軍暗殺専門の特殊部隊兵士クラヴィスの物語です。クラヴィス達が暗殺するターゲットは、アフリカや中東で反対勢力の虐殺を行う独裁者、さしずめルワンダのフツ族の将軍、クメール・ルージュのポルポトのような存在です。そしてこれら虐殺が発生するところに必ず言語学者で米政府の研究機関にいたジョン・ポールの存在が明らかになります。世界で起きる虐殺の影にジョン・ポールありというわけで、ジェノサイド撲滅のためクラヴィスはジョン・ポールを追ってプラハに入します。

 世界に虐殺の種を撒くジョン・ポールと、暗殺を職業とするクラヴィスの2元物語です。ジョン・ポールはPR担当者として途上国の政府に潜り込み、虐殺を起こす文法によって政府のアジテーションを作成し、虐殺を引き起こしていることが明らかになります。この虐殺文法、言葉によって人間の脳に眠る「虐殺器官」を目覚めさせ虐殺を起こすことがタイトルの由来です。言葉による集団催眠のようなものが想定されているようですが、正直理解しづらいです。戦争は無くならない、テロは無くならないという暗喩でしょうか。
 
 ジョン・ポールは、サラエボの核爆発で妻と幼い娘を失っています。まさに核爆弾が爆発した時にプラハで恋人のベットにいたということがトラウマとなり、これが世界に虐殺の種を撒く理由だといいますがこれも分かりにくい。自分の妻と娘は虐殺されたわけで、ジョン・ポールはその時恋人のベットにいたということに罪悪感を感じているわけです。彼は、種を撒いて虐殺がを繰り返される度に己の罪を再確認し妻と娘への愛を再確認しするわけでしょうか。虐殺というのは愛の裏返しだと言うのですが、この辺りのことを言っているのかもしれません。

 最後に、クラヴィスは「虐殺の文法」(虐殺の文法でテキストを作成するエディタ)を手に入れて米国内でアジテーションを開始し、アメリカは虐殺の巷と化します。虐殺の種を播くジョン・ポールと、暗殺を職業とするクラヴィスは、結局のところ裏と表だったというオチなんでしょうか。

 「虐殺の文法」以外にも、テロリストと一般人を区別するため人々はIDで識別され、交通による移動や買い物などの行動が 逐一政府によって把握されている世界であったり、クジラやイルカの筋肉から出来たカプセル状の乗り物、オルタナの呼ばれるウェアラブル・コンピュータ、ケヴィン・ベーコン・ゲーム(六次の隔たり)などなど今日的な小道具に満ちています。作者・伊藤計劃(イトウ=ケイカク)は、本書の他「METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS」「ハーモニー」の3冊の長編と幾つかの中短編を残し、2009年35歳で亡くなっています。作家としての活動もわずか3年間、夭折と呼ぶにふさわしいです。自身のblog「伊藤計劃:第弐位相」は2009年1月7日で終わっています。
 作者の想像力と文章力には敬服しますが、結局のところ、くたびれたオッサンには相応しくないSFです。

タグ:読書
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