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林望 謹訳 源氏物語(4) 末摘花、紅葉賀、花宴 [日記(2013)]

謹訳 源氏物語 ニ
 『リンボウ源氏』第2巻です。光源氏の好色には呆れかえりながら読んでいるのですが、1000年読み継がれてきた小説、さすがに面白いです。

【末摘花】
 藤壷、空蝉、夕顔、若紫、六条の君と来て6人目の女性「末摘花」です。
 空蝉にフラられ、夕顔は六条の君に取り殺され、藤壷には不義の子が生まれるというのに、源氏はいっこうに懲りた様子はありません。これはという女性の噂を聞くと、

さっそく一行二行の簡単な文を送って思いを仄(ほの) めかしたりしてみるのだが、すると、たちまちその気になって靡(なび) いてくる。たまには言うことを聞かない女の一人や二人はいないものかと思うけれど、めったとそういう女もいないのには、まったく飽(あ) き飽きした

とかで相変わらず。

 大輔の命婦という源氏の乳母が登場します。この命婦は、女ながらなかなか人後に落ちない色好みらしく(女の色好みもあるんですね)、源氏に耳寄りな情報をもたらします。故常陸宮の姫君なんか、育ちが育ちで控え目だから、とかなんとか、源氏がその気になるような話しぶり。ちょっと言い寄るとすぐなびく女性には飽きてきた源氏は、深窓の姫君、これは口説き甲斐があると、

ふふふ、ずいぶんとまた、曰くあり気に話すね。それなら、この季節柄、朧月夜に乗じて、そっと常陸宮の邸へ行ってみようかな

 すっかりその気になって、命婦と常陸宮の邸に行ってキッカケを作り、後は手紙(和歌)を送るのですがいっこうに返事がありません。すぐなびいてくる女には飽き飽きしていますから、源氏は俄然闘志が湧くというものです。
 またも命婦の手引きで邸を訪ね、姫君を口説くのですがダンマリを決め込んで会話にもなりません。エエイままよと、
 
源氏に抱きすくめられた姫君本人は、ほとんど我を忘れてしまって、ただひたすら恥ずかしく、どこかに身を隠してしまいたいと思うばかり、他には何も考えることすらできない。

そのおろおろする姫君の様子を察知して、源氏は、〈男女の仲の始まりは、こんなふうに恥じらっているのが味わい深いぞ、なにしろまだこんなことには馴れていない、ほんとうの箱入りの姫ゆえ ……〉と、そのウブすぎる様子を大目に見るいっぽうで、それでも、なにやらわけもなくかわいそうな気がせぬでもない。

落花狼藉!。

源氏は、そのことが終わっても、おろおろと恥ずかしがっているばかりの姫君の様子に、いっこうに何の感興も覚えず、さすがに大きなため息をついて、まだ真っ暗なうちに帰ることにした。

 この姫君は、あまりに奥ゆかしすぎたんでしょうね。後朝(きぬぎぬ)の別れの後は、すかさず歌を詠んで送り、二日目三日目と通うのが常識なのですが、感興も覚えなかったためか源氏の歌は夕方に届くという有様。翌日も音沙汰なしです。どうなってるの?、と女房どもが騒ぎます。高貴な姫君には、いずれも世話をする女房たちが付いているようで、主人の恋に女房どもも一喜一憂するようです。

いつもあの姫は真っ暗ななかで手探りに触れるばかり、どんな顔つきかさえも見たことがないので、あるいはちゃんと見たら、案外と良かったというようなこともあるかもしれない

と期待して懲りずにまた通います。朝になって

ちらっと見えた姫の姿、……まずはばかに座高が高い、よほど胴長に見える。〈あああ、やっぱりなあ〉と源氏はがっくりした。

姫君は、胴長短足でガリガリに痩せ、象のように鼻が長くその先が赤いときています。

ハァッ、さてもさても、なんだってまた、こんなにはっきりと見てしまったものであろう……見なきゃよかった

見なきゃよかったとは笑いますが、手当たりしだいの女色ですから、こういう失敗もあるのでしょう。この鼻の先が赤い故に、姫君は「末摘花(ベニバナ)」と呼ばれることになります。ベニバナを摘むということでしょうね。

 源氏は、従って読者も、末摘花が何を考えているのかさっぱり分かりませんが、ダンマリの彼女も源氏に気がないわけではないようで、歌を添えて衣を一式プレゼントしてきます。歌も衣もセンスのないものでしたが、まぁ姫の心ばえに答えるように、

仮にあの姫君の容貌が、まず十人並みででもあったなら、そのまま忘れ去って沙汰止みになるところだったが、生半可にはっきりと見てしまったのちは、なにやらかわいそうになって、もはや色気は抜き、生活の面倒をみてやろうという意味で源氏は音信を欠かさなかった。

という結末となります。

【紅葉賀】

 宮中の紅葉狩りです。紅葉を背景に、源氏と頭中将など若い公達が謡い舞うのですから、まぁ一幅の絵です。帝の側には藤壺が侍っていて源氏の心は揺れるわけです。

 閑話休題、葵の上の話です。物語が始まった時、源氏は葵の上と結婚していましたから、未だ、この人は物語の遠景として登場するだけです。左大臣の娘で、母親は桐壺帝の妹ですから従妹にあたります。ちなみに、源氏と遊びまわっている頭中将は葵の上の兄です、義兄弟。政略結婚ということもないのでしょうが、左大臣としては帝の皇子との結婚は、政権基盤を安定させるには好都合だったのではないでしょうか。

 これが一般的姿なのでしょうが、源氏と葵の上はいっしょに暮らさず、二条の邸に住む源氏が、左大臣の邸に住む葵の上のもとに通うという生活をおくっています。源氏があちこちの女のもとに通うと、左大臣の邸に通う頻度が少なくなり、葵の上はオカンムリとなります。
 葵の上は、父親は左大臣で政治権力の頂点、母親は帝の妹という誇りがあります。源氏もまた、臣籍降下したとはいえ、現帝のれっきとした皇子。ふたりとも誇り高い殿上人、おまけに、葵の上は源氏より4歳年上で才色兼備。そのあたりが原因なんでしょうが、たまに左大臣の邸に通っても、心が通じ合うということがありません。

 そうしたふたりの間で、左大臣は源氏の機嫌をとったりしておろおろ。なにやらホームドラマを見ているようです。1000年前も現代も、人間の在りようというものは変わっていないのかもしれません。以上脱線。

 本帖では、いよいよ源氏と藤壺の不義の子が生まれます。12月という予定日が遅れに遅れて2月中頃に男子が誕生します。源氏との過ちの結果ですから当然です。男子誕生という慶事ですが、藤壺は、誕生が2ヶ月遅れたことで、バレやしないかと罪の意識にさいなまれる毎日。生まれれば生まれたで、わが子に源氏の面影を見出し、帝が可愛がる様子を見て不安な物思いに沈んでいます。
 源氏はというと、帝を畏れ多いとは思うものの、あまり罪の意識はなさそう。

 『紅葉賀』には、もうひとり典侍(ないしのすけ)という女官が登場します。年齢57~8の年老いた女房で、才気煥発、人望もあるが浮気性という女性。源氏は戯れにこの典侍にちょっかいを出してみるのですが、何と反応があって関係を結んでしまいます。だと思います、「ふと逢ってみたりもした」とありますから、そうなんでしょう。以来、典侍は若作りで妙に艶いた素振り、

〈なにも、そこまで若作りせずともなあ…… 〉と源氏は、苦にが々にがしく思うのではあったが、〈いったいどういう積もりでいるんだろうか〉と、そのまま見過ごしにもできず、腰に纏まとった裳も(長袴)の裾すそを、ちらりと引っ張って気を引いてみた

 源氏も好きです。でお決まりの相聞歌のやりとりとなります。この場合は、典侍が源氏に仕掛け、源氏は“勘弁してよ”と尻尾を巻いて逃げるという相聞歌です(笑。
 そうこうするうちに、源氏のこの「艶聞」を聞いて頭中将が登場します。いつも澄ましている源氏をやっつけてやろうという魂胆です。何と、頭中将は、典侍と源氏のことの最中に現れ、色男同士が鉢合わせしたという状況を演出します。まぁこれは若い公達同志の悪戯なんですが、読者としては

どうです、こそこそと隠し立てをしてのお悪戯は懲り懲りというところではありませんか

と言う頭中将の言葉に賛成です。『紅葉賀』は、しょっとまとまりに欠ける章です。

【花宴】

 紅葉に続いて桜です。『紅葉賀と同様に源氏は、帝と藤壺の前で舞を舞います。宴も果てた頃のこと、

上達部は三々五々退出し、中宮も東宮も帰って、あたりがやっと静謐に戻ったころ、月が皓々とさし昇って美しい月夜となったのを、源氏は、ものに酔ったような心地のうちに、そのまま何もせずには立ち去りがたく思った。清涼殿の宿直の人たちも寝静まっている。もしやこんな思いもかけない折に、都合のよい隙もあるかもしれない
こんなときに、とかく男と女は間違いをしでかすものだが……間違いを犯すのは、アンタ!。
 
とばかり弘徽殿の方に行くわけです。出ました。生霊ではなく麗しい声の姫君。外は月夜で「朧月夜の君」のお出ましです。

その女の袖を捉とらえた。・・・「あっ、いやっ、誰なの」しかし源氏はひるまない。「どうして、いやがることがありましょう」・・・「こ、ここに、人が!」と叫ぶけれど、その口を塞ぐように源氏はかきくどいた。「私は、こういうことをしても皆許してくれることになっています。だからね、そうやって人を呼んでみたところで、どうにもなりませんよ。このまま、そっと静かにしていなさいね」

 この思いあがり、開いた口がふさがりません。くせ者が源氏だと分かると、女の心は、ふとゆるんでいったということになります。後朝の歌のために、源氏は姫君の名を尋ねますが明かしません。この夜逢ったという証拠に扇を交換して別れとなります。この姫君は弘徽殿女御の妹君の一人なんだろうが、六の君なら東宮の女御になるらしいから、ヤバイなとは思うのですが、源氏は未練たっぷり。
 朧月夜の君は、右大臣の娘で、桐壺帝の正妻である弘徽殿女御の妹です。源氏が考えるように、東宮(皇太子で後の朱雀帝、弘徽殿女御の子で源氏の兄)の女御になる予定の姫君です。だから名乗らなかったのでしょう。源氏は、もう一度会いたいと考えますが、こういう時は「惟光!」ですが(良清というのも出てきますが?)、うまくいきません。
 
 そうこうするうちに右大臣の邸で弓の競技会があり、源氏も招かれて出かけます。源氏は、舞も管弦も名手で、歌を詠んでも当代一流。その上、弓も出来て文武両道かなと思ったのですが、競技会に出たとも、成績がどうだったかとも、一言も触れられていません。源氏は体育会系ではなさそうです。競技会も宴会も終わって、ここからは源氏の得意の時間帯。酔ったふりをして、姫君たちのいそうな所へふらふらと。いるにはいるのですが、誰が朧月夜の君やら分かりません。源氏は一計を案じます、
 
扇を取られて、からきめを見る

とか催馬楽の替え歌を唄って反応を見ます。前回、弘徽殿の逢瀬で扇を交換したことを言っているので、この催馬楽に反応した姫こそ朧月夜の君だということです。
 で見事に想う人を探し当てます。なるほど、なるほど。

 この末摘花、紅葉賀、花宴の3帖では、若宮誕生以外にあまり事件らしい事件は起きません(よって感想文も冗長となるます、笑)。末摘花は「見なきゃよかった」という容姿で、典侍は50代後半の姥桜、やっと登場した朧月夜の君も中途半端です。何か後があるのでしょうか。

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