林望 謹訳 源氏物語(5) 葵 [日記(2013)]
【葵】
この章では、源氏の父・桐壷帝は源氏の腹違いの兄・朱雀帝に譲位して、上皇となります。宮中は、朱雀帝とその母・弘徽殿、弘徽殿の父親右大臣が主流派となって、左大臣の娘・葵の上を妻とする源氏は傍流となります。ここまで、権力争いなど政治向きな話は出てこなかったのですが、この桐壺帝の退位は、この後物語にどう影響を及ぼすんでしょう。
「葵」の主人公は、源氏の正妻・葵の上のようですが、実は六条御息所と紫の君の2人が主役です。
葵の上については(4)で学習したので、ここでは六条御息所を取り上げます。六条御息所との出会いは『源氏物語』では出て来ないようです。「夕顔」で、源氏は御息所を訪ねる途中で夕顔の邸に立ち寄りますから、この時点で既に恋人同士です。夕顔の死に際に御息所と思われる生霊が登場しますから、ここでこの女性の特異な存在が顔を出します。
六条御息所は東宮妃とありますから、皇太子妃。源氏よりもかなり年上で、東宮が亡くなって源氏との関係が出来たようで、桐壷上皇にも「いいかんげんにしろよ」と釘をさされるほど、ふたりの仲は周知のことのようです。御息所の姫君が斎宮として伊勢に行くことが決まり、最近源氏も冷たいし、娘といっしょに伊勢に下ろうかと思案している状況です。
六条御息所は、生霊となって源氏の恋人を取り殺すという嫉妬深い女性というのが流布された姿ですが、実際に読んでみると、別に化物というわけではありません。
御息所という人は、よそ目には心憎いまでに風雅なお方という定評で、むしろそういう方面で世間に名高かったのであった
という風雅の人。葵の上に怨霊が取り憑いているという噂を聞いて(御息所の生霊は紫の上に取り憑きます)、
うすうすは気付いていたけれど、まさか、わが魂が葵上のところへ…
〈とかく死んでの後に怨霊になったの、それが祟ったのという噂は世間にありがちなこと…まして、自分はまだこうして生きているのに、そんな奇怪な噂を立てられてしまうなんて、私には、いったい前世からのどういう悪因縁があるのだろう……ええ、もうこれっきり、決して決してあのつれない源氏さまのことなど、心にかけることもしないようにしよう〉と自分に言い聞かせるけれど、…
嫉妬に狂って能楽の「金輪」のような呪いをかける女性ではないようです。人間の心の闇を「六条御息所」という存在に造形してみせた作者の腕は、とても1000年も前のものとは思われません。
六条御息所が嫉妬に狂って生霊となるには、実は理由があります。そもそも何故葵の上に取り憑いたのかです。源氏と紫の上の仲は冷え切っており、源氏の想いは(未だ結ばれていないとはいえ)紫の上(君)にあるわけです。実は、葵の上に取り憑いたのは、葵祭の「車争い」があったからです。
葵祭の「禊の儀式」に源氏が登場するというので、葵の上は車(牛車)で出かけますが、これも源氏目当ての御息所の車と鉢合わせ。駐車場所の取り合いとなります。先に駐車していた御息所の車を、後から来た葵の上が「どけどけ」というわけです。血気盛んな若い従者どうしの争いです。
そのように簡単に押しのけられるようなお車ではありませんぞやいやい、その程度のやつらに、偉そうなことを言わせておくな。おおかた、源氏の大将の思われ人だからとて、おのれも偉ぶってけつかるのであろう(「けつかる」→こういう下品な関西弁がでますか、さすがリンボウ先生)
とうとう御息所の車は後方へ追いやられてしまいます。
こんなところに追いやられて、源氏がみすみす自分には気付きもしないで知らん顔で通り過ぎていってしまうのを、呆然と見送っていた。〈……ああ、つくづく、こんなところに来るのではなかった……〉とて、今さらながらに後悔し懊悩の限りを尽くす御息所であった
源氏を恋うるあまりこういう屈辱を受けねばならないわけです。源氏や自分自身に向かう恨みや怒りが、廻り回って葵の上に向かいます。実はこの時、葵の上は源氏の子を身ごもっており、。葵の上は、御息所の怨念で病み、御息所もまた自分の放った怨念によって病気となります。
身重の妻が病を得たわけですから、源氏の色好みもしばし休憩、の筈なのに、ノコノコ御息所に病気見舞いに出かけます。
〈……それなのに、こうして源氏さまが忘れた頃に突然やってきたりするのは、寝た子を起こすようなもの、ようやっと静まりかけた自分の心が、これでまたかき乱される〉と、御息所はとつおいつ煩悶
物の怪は葵の上の口を借りて源氏に語りかけます、
葵上の口からは、まるで別人の声で、言葉が漏れでてきた。「・・・わたくしがここに参りましたのは、……どうかわたくしの身の上がひどく苦しいのを、すこしでも安らぐようにしていただきたいと、それを申し上げたくて参りました。こんなふうに、ここへ参りましょうともさらさら思ってもおりませんでしたが、あまりに物思いをすると、人の魂はその身から離れて彷徨ってゆくものだったのですね……」
その声は御息所 →今更気づいても遅い!。御息所は葵の上の口を通じ、苦しい胸の内を源氏に聞いて貰いたかっただけです。
葵の上は無事男子を出産しますが、物の怪に取り憑かれたことが原因か、ついに亡くなってしまいます。この若君が後の「夕霧」です(女性みたいな名前ですが男性)。藤壺の生んだ東宮(実際の父親は源氏)にそっくりで、これはヤバイと後に源氏は悩むこととなります。
『葵』を読んでいると、六条御息所も葵の上も悲劇の人です。御息所は、皇后となるところが20歳で皇太子に先立たれ、源氏の毒牙にかかって恋に悶え嫉妬に苦しみ、生霊となって夕顔や葵の上を取り殺すという悲運に見舞われます。葵の上も、気持ちのすれ違いと夫の浮気性のために、不幸な結婚生活の後命を落とします。→全部源氏がまいた種です。
『葵』のもうひとりの主役、紫の君です。
源氏は、葵の上の看病と葬儀で左大臣邸に詰めていました。四十九日も終わって久々に二条の邸に帰ってみると、紫の君の成長に目を見張る事となります。
〈よしよし、こうなれば、もうそろそろ男と女の契りを結ぶことも似合わぬという感じではないな〉と見做して、源氏は、折々につけてその男と女がどういうことをするのかというようなことなど、小出しに話して聞かせるけれど、どうやら姫君は、そっちのほうは丸っきり知らないらしい。源氏はもう我慢ができなくなった。ちょっとかわいそうな気もしたのだが……。
「よしよし」です。この時源氏23歳ですが、表現はもう完全に中年の好色親爺。それもそのはずで、役者のリンボウ先生は1949年生まれですから、先生が光源氏にのりうつると、こうなるわけです(笑。
で、ある朝、紫の君は「朝寝坊」します。なるほど、奥ゆかしいというか、持って回った表現ですね。
姫君は、まさか源氏さまが、あんなひどいことをする心を持っているなど、まったく思い寄らなかったことなので、〈どうして……どうして、あんな嫌らしいことをするようなお心の人を、私は疑いもせず、頼もしく思っていたのでしょう、ああいやいや、呆れたわ〉と姫は思っている。
だいたい、父親と娘、教師と生徒のような関係で育て教えてきた15歳の少女に、ある日突然男として襲いかかるわけですから、これは無体、嫌われて当然です。
後朝の別れの歌もあり、二日目、三日目の逢瀬もあったんだと想いますが、源氏が宥めすかしても姫君の機嫌は直らず、
まるでこれでは、今日はじめてどこかから盗み出してきた人のような感じがするじゃないかいままで、この君をかわいいかわいいと思って過ごしてきたけれど、今こうして男女の契りを結んでみれば、そうなる以前の愛しさは物の数ではなかったな。こんなふうにどんどん気持ちが募っていくとは、人の心ほど変わりやすいものはない。今となっては、もう一夜だって一つ床に寝ずに過ごすことは辛くてたまらない心地がすることだなあ
と鼻の下伸ばします。「紫の上」の誕生です。
『葵』は、 源氏がふたりの女性を弄んでひとりは死に至らしめ、いたいけない少女を毒牙にかける物語ではないかと思います。げに恐ろしきは色欲。
(ちょっと引用が多くて冗長でした。それにしても、リンボウ先生の現代語訳は直裁的ですね。)
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