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林望 謹訳 源氏物語 (20)常夏、篝火 [日記(2013)]

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源氏物語図色紙貼交屏風(常夏) 斎宮歴史博物館

 26帖 【常夏】・・・近江の君 登場

 赤鼻のトナカイならぬ赤鼻の末摘花は、美男美女、雅の世界(色好みの世界)に生きる源氏物語の登場人物の中では異色の存在です。この末摘花を上回るキャラクターが登場します、「近江の君」。

 源氏が娘・玉鬘を探しだして六条院の奥深くに匿い、その美貌に惹かれて多くの公達が騒いでいるらしい。内大臣は、夕顔の娘は何処でどうしているんだろうと密かに探しています。これには訳があって、内大臣の長女・弘徽殿の女御は冷泉院の中宮レースに負け、東宮の后にと考えていた次女?の雲居の雁は源氏の息子・中将(夕霧)と相思相愛。内裏に送り込む娘がいなくなって夕顔の娘を探していたところ、現れたのが「近江の君」です。
 この近江の君が楽しいです。その登場も異色です、

五節の君と呼ばれるお茶目な女房と向かい合って双六を打っている。ちょうど相手が賽子を振る番らしいのだが、姫君は、一生懸命に両手を押し擦っては、「小さい目、小さい目」と、大声で祈っている。

 双六で遊んでいるのですが、この双六というのは子供の遊ぶ「絵双六」ではなく、大人用の賭博遊具。近江の君と五節の君が、麻雀か丁半博打をやっているようなものです。
これを見て内大臣は、ホンマに俺の娘か?...。

その容貌はいかにも下衆じみてはいるものの、どこかに愛敬があって、髪ばかりは美しいところを見ると、前世からの因縁はさまで悪くもないらしい。ただし、額が妙に狭いのと、声や言葉遣いが軽躁なのとで、せっかくの美質も台無しになっているように見える。
器量からいえば、取り立てての美人とも言われないが、といって、鏡のなかの自分の顔といかにも通じ合う相貌を見れば、父親が他の男だろうとも強いて主張しにくい。まことに、前世からの宿縁がなさけなく思われる。

 やはり、内大臣が頭中将だった頃に何処かの女君に通って産ませた娘のようです。これではとてものこと入内などさせられません。とりあえず、弘徽殿の女御のところに行儀見習にでも出そうかと言うと、

宮仕えなんて大げさに考えておつきあいすると思うからこそ、身の置き所もない感じがするんです。あたしなんか、たとえ厠のお壺の掃除番だって平気の平左ですもの

 便所掃除はいくら何でも。これを早口でまくし立てます。この姫君は近江の生まれですから、きっと近江の言葉で話しているんでしょうが、リンボウ先生はそこまでサービスしてくれません。五節の君が口を挟むと

ねえ、ちょっと、あなたは、あたしの言うことに口出ししてぶち壊しにするんだから。ほんと、頭に来ちゃう。これからは、そんな馴れ馴れしくくちばしを入れないでくれるっ。なにがどうでも、あたしがいまこうなったのには、それなりの因縁があったんだろうと見えますからね」 近江の君は、こんなことをまた早口にまくし立てて、ぷっと膨れっ面をしている。その顔つきはしかし、親しみがあって愛敬たっぷり、怒っていてもどこか戯れめいた気配があるので、なんだか憎めないのであった。

 原文はどうなっているんだろうと気になったので検索してみると、

「例の、君の、人の言ふこと破りたまひて、めざまし。今は、ひとつ口に言葉な交ぜられそ。あるやうあるべき身にこそあめれ」
と、腹立ちたまふ顔やう、気近く、愛敬づきて、うちそぼれたるは、さる方にをかしく罪許されたり

さすがリンボウ先生、近江の君のキャラクターを生かした名訳ですねぇ。「めざまし」が「頭に来ちゃう」ですから笑います。こちらの解説によると、「平安時代の仮名文学では、多く、上位の者が下位の者の言動や状態を見て、身の程を越えて意外であると感じたとき」の用法のようです、ナルホド。

 紫式部は、この異色のキャラクターの登場に、愛着を持っているようです。姉である弘徽殿の女御に出した手紙も、古歌の本歌取りを4つも5つも散りばめ、何処の流儀ともしれぬごつごつした筆跡で、弘徽殿の女御の女房たちの嘲笑を買います。

まず、お目文字に備えて、装束に香を焚きしめたが、その甘ったるく露骨な香りをば、何度も何度も過剰に焚きしめている。それから、紅というものを、真っ赤っ赤になるほど
頬先に付け、髪を梳って身なりを整える。それはそれなりに、にぎやかな装いといえばその通りで、愛敬たっぷりに見える。
この分では、女御との対面の折には、さぞ差し出過ぎた振舞いなど、無礼の数々があったことであろう。

 近江の君は、玉鬘との対比で登場したものと思われます。玉鬘は源氏に引き取られて行儀作法や歌、書道の教育も受け、その美貌から多くの公達を惹きつける存在です(養父の源氏に言い寄られるという不幸はあるにしても)。
 一方近江の君は、実の父に見出され一躍内大臣の姫君となります。愛嬌はあるものの美人でもなく、その出自から、無教養で粗野な姫君として嘲笑を受ける存在です。
 玉鬘と近江の君、内大臣の外腹のふたりの娘が、ひとりは生まれながらの美貌と教養を身につけ、ひとりはそのがさつな振る舞いから人の嘲りを受けるという存在。小説ならではの設定です。これはそのまま源氏と内大臣の差ということにもなるのでしょうが、内大臣も明石に蟄居した源氏を、時の権力に阿ることなく訪ねたり、ふたりで源典侍をからかったり、愛すべきキャラクターです。この親にして近江の君ありというわけでしょう。源氏、内大臣、玉鬘、近江の君の4人の関係がどうなるんだろうと楽しみです。

 『源氏物語』が書き下ろしではなく「連載」の形をとったとすれば(雑誌や新聞は無いから、原稿の回し読みでしょうね)、「次はどうなるんだ?」「早く次を書いて」という要望が紫式部に集中したのではないでしょうか。さしずめ、今日で言えば人気の朝ドラみたいなものでしょう。

 27帖 【篝火】
 弘徽殿の女御の女房としてデビューした近江の君は、色々やらかしたのでしょう、評判となっています。玉鬘でさえ、源氏に引き取られてよかった、内大臣に引き取られていれば近江の君のような恥をかくところだったと胸をなでおろしている始末。確か、源氏に言い寄られて内大臣の邸に行きたいとか何とか言っていたのではなかったでした?。この近江の君の出現で、玉鬘は源氏に親近感を抱くようになるわけです。

源氏は、琴を枕に、玉鬘と添い臥ししていた。〈ああ、いったい、こんな珍しい男女の仲らいなど、他に類例があるだろうか〉 そんなことを内心に嘆きながら、源氏は、ひたすらため息をつきつき、夜更かしをしている。

「篝火」は、逸る源氏といなす玉鬘の奇妙な関係を描き、「閑話休題」みたいな帖です。

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