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ジョン・スタインベック 怒りの葡萄(1) [日記(2013)]

怒りの葡萄 (上巻) (新潮文庫)
 高校時代に読んで、アメリカにもこういう時代があったんだという以上には、よく分からなかった小説です。ジョン・フォード監督の映画『怒りの葡萄』『二十日鼠と人間』を見て面白かったので再読。初版が1967年の大久保康雄訳で、amazonを見ると今でもこの本が現役のようです。訳は平明で読みやすいですが、農民の言葉を写した「・・・だで」という表現だけはどうも読み辛いですが、原文がそうなんでしょうね。

【二部構成】
 東部資本と農業大規模化の波に追われ、オクラホマ州からカリフォルニアへ移住する農民ジョード一家の物語です。小説は、ジョード一家の物語と、一家を取り巻く当時の米中西部の自然や環境(スタインベックの視点)が交互に描かれています。

 私はストーリー重視で、自然描写などは読み飛ばすほうなのですが、スタインベックの自然描写には思わず引き込まれます。大地に沈む夕陽という遠景から乾いた道路を横切る土ガメまで、作者は、カメラで言えば被写界深度の深い目で自然を捉え、主人公のトムやその母親から、行きずりの自動車解体屋の片目の男まで小説の登場人物をパースペクティブに捉えます。

 この、交互に語られるジョード一家の物語とその周辺のエピソードという二部構成は、小説に変化と奥行きを与えています。例えば、西海岸を目指す農民に、劣悪な中古車を少しで高く売りつけようとするディーラーの話、彼等から家財道具をタダ同然の価格で買い入れる話など、当時の中西部の有り様はかくやと実にビビッドに描かれていす。

【聖書との関連】
 綿の連作で荒れ果てた農地、トラクターによる農業の大規模化は小作民から土地を取り上げ、農民は流民化します。ジョード一家もまたそうした土地を失った人々です。彼らは家財を売り払い、生活物資だけを中古のトラックに積んで、オクラホマ→テキサス→ニューメキシコ→アリゾナとルート66を2000マイル先のカリフォルニアを目指します。カリフォルニアには「葡萄」「オレンジ」をはじめ果物が実り、その収穫のために仕事はいくらでもあるという夢の土地です。
 
 『怒りの葡萄』は、イスラエルの民を率いて豊穣の地カナンを目指したモーセ「出エジプト記」がモチーフとなっているそうです。聖書との関連で言えば、元説教師ケーシーの存在です。ケーシーは、(そんなことは書いてませんが)宗教では人を救済できないと考え、牧師の地位を捨てたようです。出所したトムと出会い、カリフォルニアに移住するトム一家と行動をともにします。
 ケーシーは、ジョード一家に祈りを頼まれ、祈りの代わりに、イエスが荒野に行った時の気持ちをこんな風に話します。

山のなかをさまよいながら、考えてただ。ちょうどキリストが、さまざまの悩みから道を見つけようと荒野に出かけて行ったときのようにな・・・

 「荒野の誘惑」の話しではなく、イエスは何故荒野に出かけたかという話です。イエスは、ユダヤ教や(洗礼を受けた)ヨハネの宗教ではもはや人は救えないと考え、(そんなことは書いてませんが)実践家として再出発するために荒野へ出たのだと言いたいようです。ケーシーもまたキリスト教では人を救えないことを自覚し、牧師の地位を捨てて「荒野」に出たわけです。
 『カラマーゾフの兄弟』では、有名な『大審問官』(「荒野の誘惑」に対する批判なんですが)の章に入る前に「神ちゃま論(勝手に命名)」が置かれています。母親に虐待される子供は、「神ちゃま」に祈るのですが神は沈黙している、苦しんでいる人間に宗教は無力だというのです。余談ですが、『カラマーゾフ』ではこの後イエス批判が展開されます。
 そしてケーシーに悪魔は現れず、彼は「荒野」で自然との一体感を体験します、

わしは知ったんだ、わしらは一つになっているとき神聖なんだ。人類は一つのものになったとき神聖なんだ、とね。・・・言ってみりゃ、一人が大きな全体に結ばれるということになると--それは正しいことで、神聖なんだ。

 イエスは「荒野の誘惑」で悪魔を退け、宗教者として自立し、ケーシーは、人と自然、人と人との連帯こそが「神聖」だと悟るわけです。ケーシーなりの、新しい「宗教」を創造したことになるのでしょう。
 彼は、「乳と蜜の流れる地」カリフォルニアを目指すジョード一家に同行することになります。上巻では、時々宗教的な発言をするだけで、活躍の場はありません。スタインベックは、ジョード一家の物語に、この元牧師のケーシーを紛れ込ませることで何を意図したのか、です。 
 スタインベックは、ケーシーに自分は無神論者であると言わせています。ひょっとして、『怒りの葡萄』は「出エジプト記」の姿を借りた反キリスト教の小説なのかとも思ったりします。ケーシーがこの後どんな行動を起こすのか、どんな運命に見舞われるのか、見てゆくとしましょう。
 

タグ:読書
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