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ドストエフスキー 悪霊 第2部 (1) [日記(2014)]

悪霊〈2〉 (光文社古典新訳文庫)
 第1部では次から次に人物が登場し、事件らしい事件も起きず退屈でした。第2部に入ると、主要人物の輪郭がクッキリし、それぞれの抱えている秘密が明らかになり、にわかに活気づいてきます。

【シャートフ】
 第1部でシャートフスタヴローギンを殴った理由も明らかになります。

お考えのとおり、マリヤ・レビャートキナはぼくの正妻で、四年半前にペテルブルグで結婚式を挙げています。あなたがぼくをなぐったのは、彼女のことでしょう?

 理由とは、スタヴローギンと足の悪気の狂ったマリヤ・レビャートキナとの結婚で、シャートフはこの結婚に何か不遜なもの(偽装?)を嗅ぎつけているようです。スタヴローギンは、シャートフの妻と不倫関係にあり、妹のダーシャとの関係も噂になっているようです。
 シャートフは、スタヴローギン家の元農奴で、ワルワーラ夫人に目をかけられてペテルブルグの大学に行き、妹のダーシャは夫人のお気に入りとして側に仕えています。スタヴローギンとシャートフは友人関係にあり、

ぼくもあなたと同様、あの連中の仲間だからですよ。あなたと同様、あの会のメンバーだからです

「あの会」とは、たぶん革命組織を指すのでしょう。この友人の妻と妹と関係するという「好色」は、『カラマーゾフ』にも顕著に現れていますが、ドストエフスキーの小説のメタファーなんでしょうか。シャートフの言葉を借りてスタヴローギンの本性が少しづつ明らかになります。

なにかしら好色で、獣じみた行為と、なんであれ、人類のために命を犠牲にするといった英雄的な行為のあいだには、美という点でみると差異は認められないと主張した、とかいうのは? ほんとうなんですか、その両極に、美の一致を、快楽の同一性を見いだしたって(シャートフ)

なぜ、悪はけがらわしくて善はうつくしいのか、ぼくにもわかりません(スタヴローギン)

これがスタヴローギンの本姓なのでしょう。そしてシャートフは断罪します、

なたが結婚したのは、苦難にたいする欲求と、良心の呵責にたいする欲求と、それと精神的な肉欲のためです。あのときは、神経的に錯乱していました……、常識に挑戦することがあまりに誘惑的に見えたのです! スタヴローギンと、むさくるしい、脳たりんで、足の悪い物乞い女!

つまり、「良心の呵責にたいする欲求」と「常識に挑戦する」ためにマリアと結婚したと非難しますが、富裕な階層に属し、革命組織のメンバーであるスタヴローギンが、気の狂った足萎えの貧しい女性と結婚する動機は依然謎です。良心に対する呵責とは、スタヴローギン自身の身分を指すのでしょうか。

さらにシャートフの非難は続きます、

新しい世代が生まれようとしているんです、民族の心からストレートに。それがあなたにはまるで見えない、あなたにも、ヴェルホヴェンスキー一族、つまり息子にも、父親にも、それにぼくにも。
なぜって、ぼくも坊っちゃんだから、あなたの領地の農奴あがりで、パーシカという下男の息子であるこのぼくにも……。
いいですか、労働によって神を手に入れてください、すべての本質がそこにあるんです、なければ、消えてしまいます、あさましいカビ同然にね。労働によって手に入れてください

 労働をしたこともないないスタヴローギンの思想は不健全だと言い、農奴制が廃止されて10年?、未だ存在する地主という階級を非難します。(自分も含めて)労働も知らないお坊ちゃんが集う「あの会」の欺瞞性を非難しているのでしょう。
 ドストエフスキーは、社会主義サークルに参加して死刑判決を受け、恩赦されシベリヤで流刑囚として過ごした経験を持っています。上から目線の革命に限界を感じていたんでしょう。

【マリア・レビャートキナ】
 この後、スタヴローギンはマリアに会いますが、結婚している筈のふたりに愛情というものは見受けられません。マリアはスタヴローギンを公爵と呼び、誰かと勘違いしている気配もあり、終いには

あんた、あの人を殺したのか、殺してないのか、ちゃんと白状なさい!

と狂ったように叫びます(いや狂っているのか)。あの人?殺人?、今度はスタヴローギンが殺人に関わっているらしいことまで匂わせますが、これは狂人のたわごとなのかどうか。ドストエフスキーですから、伏線の可能性がありそうです。

 続いて、マリアの兄で飲んだくれの元二等大尉レビャートキンの過去も明らかにされます。ペテルブルグで、ヴェルホーヴェンスキーの息子ピュートルたちと大学生に混じって(たぶん)「その会」の「仕事」を手伝っていたことが明かされます。
 スタヴローギンがマリアの元から帰るときに、シベリアから脱獄しピョートルに匿われているフェージカという脱獄囚が現れ3ルーブルを強請ります。スタヴローギンとレビャートキンの関係も知っているようで、レビャートキンから150ルーブル奪おうと思ったが、彼は1500ルーブルの価値があるから止めたとか訳の分からない話になります。後に、ダーリア(ダーシャ)との会話の中で、フェージカは、スタブローギンとマリアの結婚にカタをつけるために、1500ルーブルでレビャートキンとマリヤを殺すことを提案してきたと話しています。

【ダーリヤ(ダーシャ)・シャートワ】
 家に帰ったら帰ったで、シャートフの妹ダーリヤが現れ、別れ話?のような雰囲気になります。ダーリヤは、元農奴の娘でシャートフの妹。シタヴローギンの母親ワルワーラに気にいられ、養女になっています。

前々から、あなたとのことを断ちきらなくては、と思ってました(スタヴローギン)

わたしも、断ちきりたいと思っていました。ワルワーラさまが、わたしたちの関係をひどく疑っておられますので(ダーシャ)

このふたりは、やはり何かあったんですね(たぶんスイスで)。別れようと言いながらも、

わたしにはわかってるんです、最後の最後にあなたと残るのは、わたしひとりしかいないってことが。だから……その時を待っているんです(ダーシャ)

かりに、あの悪巧みに乗って、そのあとであなたを呼んだとして──そう、あの悪巧みのあとでも来てくれますか?
 《あれがあったあとだって来るさ!》しばらく考えてから、彼はそうつぶやいた(スタヴローギン)

 口では別れると言いながら、このふたりは心の底では離れがたい想いがあるようです。それにしても、「あの悪巧み」とは何のことでしょう?。

【ピョートル・ヴェルホヴェンスキー】
 ヴェルホヴェンスキーの息子。第1部の山場、主な登場人物がワルワーラ夫人の邸に集う(シャートフがスタヴローギンを殴ったシーン)に初登場します。口八丁手八丁で、小説家カルマジーノフ、県知事レンプケー、その夫人のユリヤなど旧世代に取り入ったかと思うと、その裏で、スタヴローギン、キリーロフ、シャートフ、リプーチン等の間を暗躍する「革命家」。シャートフの言う「あの会」のオルガナイザーです。学生革命組織の内ゲバで大学生を殺害したネチャーエフ事件の首謀者がモデルだそうです。内ゲバの首謀者というと、昏い情念を宿した人物を想像しますが、ネアカで、

いったん火がつくと、自分がなにも知らずに置いてきぼりをくうより、いっそ一か八かの賭けに出てみたくなる

性分。また、

なにより有効なのが、肩書きです。肩書きくらい強力なものはありませんね。で、前もって官等や職務を考えておく。秘書、秘密監視官、会計官、議長、書記、その補佐。それが連中にひどく気に入られて、うまいぐあいに受け入れられました

人間の弱さにつけ込むという詐欺師のような男です。『悪霊』の主人公はスタヴローギンなのでしょうが、ピョートルもまた「悪霊」のひとりかもしれません。革命組織の「あの会」も実は構成員数人の組織ともいえない小組織。スタヴローギンのカリスマ性を組織作りに利用しようという腹でしょう。

中央委員会といったって、あなたとぼくだけなんですから。支部なんて、いくらでも好きなだけつくれますよ

つまり、サークルのメンバー四人をそそのかし、残りの一人のメンバーを、密告の怖れありとかなんとか言って殺させるんです。そうしたら、あなたは、たちまち四人をがっちり結束させられる、流された血で縛るんですよ。連中はあなたの奴隷になって、反抗するどころか、説明すら求めなくなる。は、は、は!

とうそぶきます。ピョートルは間違いなく「悪霊」です。ここまでのところ、スタヴローギンが悪霊である片鱗は見られません。「良心の呵責にたいする欲求」と「常識に挑戦する」ためにマリアと結婚し、義理の妹ダーシャ、貴族の娘リザヴェータとも関係を結んだ、単なる好色漢にしか過ぎません。

 第2部の感想文としては、有名な「スタヴローギンの告白」が抜けています。また後で書きます。

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