映画 わが教え子、ヒトラー(2007独) [日記(2014)]
タイトルから『ヒトラー 最期の12日間』のようなシリアスなドラマを期待したのですが、なんとコメディです。ヒトラーの喜劇というと、チャップリンの『独裁者』がありますが、あれは風刺、こちらはコメディです。21世紀になると、ヒトラーもコメディになるのですか?、複雑な気持ちです。もっとも、ヒトラーが現代によみがえったらという風刺小説(帰ってきたヒトラー)が、ドイツでベストセラーになっているらしいですから、不思議でもなんでもなさそうです。
「教え子」といっても、ヒトラーの学生時代の先生ではありません。ヒトラーの演説の教師の話です。第三帝国の敗色濃い1944年12月、ゲッペルスは、国民を鼓舞するために元日にヒトラーの演説を計画します。それを12台のカメラで撮影して全国の映画館で上映しようと目論みます。ゲッペルスは、1945年の2月に総力戦を訴える演説をしていますから、そういう計画があっても不思議ではありません。ところが、ヒトラーは落ち込んでいて往年のアジテーションの能力を失っています。ゲッペルスは、かつてヒトラーの演説の教師であったグリュンバウム教授(ウルリッヒ・ミューエ)をユダヤ人収容所から探しだして、ヒトラーの演説能力を取り戻そうとします。ユダヤ人がヒトラーを助ける話ですから、皮肉が利いていますが、ヒトラーとユダヤ人とう微妙な関係をコメディにしていいのかなぁとも思いますが、いいのでしょう。
どうも演説の教師ではなさそうで、落ち込んだヒトラーに心理療法を施します。フロイトみたいな精神分析の教授なんでしょうか。ヒトラーの深層に父親の暴力がトラウマとなって潜んでいることを突き止め、この障壁を取り除くことで、ユダヤ人とヒトラーの間に絆と友情が生まれます。これほどの皮肉はありません。この皮肉を深化させると映画はとんでもない方向に行くわけで、個人的な関係に矛を収めています。
教授もただではナチスに協力しません。家族を収容所から呼び戻して同居することを約束させます。収容所から呼び戻され、無事一家が揃うのですが、奥さんと長男は、教授がヒトラーに協力していることを批判し、隙があったら暗殺しろとけしかけます。
ヒトラーが可愛いです。可愛いヒトラーなどあり得ないわけですが、深夜犬とともに窓から抜け出し散歩に出かけたり、父親の夢にうなされたのか教授と奥さんのベッドに潜り込んだり。そのヒトラーを、奥さんが枕で窒息死させようとし、教授が止めに入ったりで、ドタバタです。恋人エヴァ・ブラウンにのしかかりますが未遂に終わってすごすご引き返したり、笑います。
「書割」で再現した廃墟のベルリンを、ヒトラーを乗せたオープンカーが行進し、声帯を潰して演説ができないヒトラーの代わりに教授が演説します。つまり、第三帝国もヒトラーも書割に過ぎず張り子のトラというわけです。もっとも、演説の原稿を勝手に変えて
世界は塩漬けキャベツとなった
私は寝小便タレで薬物に依存しておる しかも勃たない
私の父親はしばしば私を殴り 無抵抗の私を苦しめた
だから私もやってやる
ユダヤ人 同性愛者 病んだものを苦しめる
私が味わった苦しみと屈辱だ
憎しみに満ちた小男でも 世界は征服できるのだ
と叫ぶ教授は、側近によって射殺されます。この射殺さえ悲劇というより喜劇的な幕切れです。
でお薦めかというと、これはこれで面白いのですが、同じウルリッヒ・ミューエの東ドイツの盗聴を描いた『善き人のためのソナタ』の方がお薦めです。惜しいことに、2007年に亡くなっています。篠田正浩の『スパイ・ゾルゲ』でオット駐日ドイツ大使を演じていますが、今回やっと気づきました。
監督:ダニー・レヴィ
出演:ウルリッヒ・ミューエ
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