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kindleで読書 織田作之助 競馬(1946) [日記(2014)]

世相・競馬 (講談社文芸文庫)競馬
 癌で逝った作者の妻への愛惜あふれる小説です。
 
 中学の歴史教師・寺田が、癌で逝った妻・一代の名前にこだわって競馬で「1」の数字を買い続ける話です。
 
寺田は京都生れで、中学校も京都A中、高等学校も三高、京都帝大の史学科を出ると母校のA中の歴史の教師になったという男にあり勝ちな、小心な律義者で、病毒に感染することを惧れたのと遊興費が惜しくて、宮川町へも祇園へも行ったことがないというくらいだから、まして教師の分際で競馬遊びなぞ出来るような男ではなかった。

という寺田が、競馬にのめり込むきっかけは、

明日午前十一時、淀競馬場一等館入口、去年と同じ場所で待っている。来い

と書いた葉書が病床の一代に届いたことから始まります。

 一代は四条通の酒場の元女給です。「お寺さん」とアダ名の付くほど堅物の寺田が、18から「身体を濡らしている」という一代に夢中になり、とうとう結婚してしまいます。中学教師が女給と結婚したのですから、寺田は生家を追い出され中学校も免職となります。

 一代は乳房に痛みをおぼえ、乳癌と診断され、末期癌の激痛を抑えるために寺田自らがモルヒネを注射するという献身的な看護が描かれます。寺田は、痛みでのたうつ一代を見ながら、ふと静脈に空気を注射してしまおうかとさえ考えます。一代との痴情めいた日々、それに続く壮絶な看護の描写は圧倒的です。同じ病気で妻を喪った織田作も、こうやって看病したんでしょうか。
 こうした状況下で件の葉書が届いたわけです。

寺田が無理矢理突き刺そうとすると、針が折れた。一代の息は絶えていた。歳月がたつと、一代の想出も次第に薄れて行ったが、しかし折れた針の先のように嫉妬の想いだけは不思議に寺田の胸をチクチクと刺し、毎年春と秋競馬のシーズンが来ると、傷口がうずくようだった。

 一代を亡くした寺田は美術雑誌の編集の職を得ます。原稿の受け渡しで淀競馬場で行ったことで、競馬にのめり込みます。執筆者へ渡す謝礼の金まで注ぎ込み、印刷屋への払いも馬券に変り、ついには一代の形見の着物まで質に入れ、寺田は一代の一の字をねらって1の番号ばかし執拗に追い続けます。1の番号の馬券を買うことで、亡き妻とつながっていたいという寺田の愛情表現なのでしょう。

 1の番号を買い大穴を当てた寺田は、払い戻しの窓口で、これも1の番号ばかりを買う男と出会います。競馬開催を追って小倉まで足を伸ばした寺田は、件の男と再開します。宿屋の風呂で男の背中に「一」の文字の刺青を発見して、寺田は葉書の男を連想し嫉妬の炎を燃やします。刺青は「オイチョカブ」のインケツの「一」であることが明かされ、ここにもまた1にこだわる同類を発見するわけです。そして、親しく話すうちに、この男が葉書の主であることが明らかになり、翌日のレースで寺田は男から一代を取り戻すように有り金全部を1に賭けます。
 妻への愛惜と嫉妬が、男をギャンブルへ駆り立てるという小説です。愛妻の死とギャンブルに限らず、人の衝動の因果には、余人には理解できない魔がひそんでいるのでしょう。
 
 織田作も淀の競馬場で馬券を握りしめ、「逃げろ!逃げろ!」と叫んでいたのでしょうか。

タグ:織田作之助
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