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映画 アイズ・ワイド・シャット(1999英米) [日記(2014)]

アイズ ワイド シャット [DVD]
 原題:Eyes Wide Shut
 スタンリー・キューブリックの遺作です。この映画に至る『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』は比較的分かりやすい?映画でしたが『アイズ・ワイド・シャット』は少々手強いです。単純に考えると、医師のビル(トム・クルーズ)と妻アリス(ニコール・キッドマン)が夫婦の倦怠期を乗り切ってゆく話ですが、いくつかの仕掛けが施されています。
 トム・クルーズ、ニコール・キッドマンは当時(今でも)美男美女でありハリウッドを代表する俳優です。映画制作当時、実際に結婚しており、このふたりを起用して裕福な医師と美貌の妻を演じさせたことこそキューブリックの企みではないかと思います。

【パーティー】
 ビルアリスは、ビルがホームドクターをやっているヴィクター(シドニー・ポラック)の招きでパーティーに招待されます。アリスはハンガリー人と称する年配の男性に口説かれて踏みとどまり、ビルはモデルふたりに言い寄られ、もう少しというところでヴィクターに呼び出されます。ヴィクターが浴室で事に及んでいる最中に、相手の娼婦マンディが麻薬中毒で倒れたというのです。この浴室の広さがヴィクターの富と階級を表しています。
 もうひとり、ビルはパーティーでピアノを演奏していた旧友のニックと出会います。ニックこそがビルを不思議の国に導く「ウサギ」です。そう言えば奥さんの名前はアリス。
 どうもこのパーティーがすべての発端で、ここに以降展開される謎の鍵があると思われます。

【アリスの告白】
 アリスは、ヴィクター邸のパーティーでハンガリー人の紳士に口説かれたことを告白し、ビルがモデルに近づいたことを取り上げ、ビルの浮気願望を指摘します。ビルの答えは、アリスを愛しているというありきたりなものです。このふたりの会話で、ビルの凡庸さが露呈されますが、それはそのまま、トム・クルーズとニコール・キッドマンの演技力の差のようで、笑ってしまいます。そしてアリスの告白が始まります。
 家族で旅行した時のこと、ホテルで若い海軍士官に見つめられた。この将校に抱かれるのであれば、その一晩のために家族を棄ててもいいと思った。翌朝ロビーに降りるのが怖かった。それは士官と会う恐れであり、会えない恐れだったというものです。口に出さなければ何事も起こらない、アリスの浮気願望の告白です。
 このアリスの告白は、アリスが海軍士官に抱かれる妄想となって何度もビルを悩ませます(画面に登場します)。

【娼婦ドミノ】
 アリスの浮気願望が妄想となって頭から去らないビルは、深夜の町を彷徨し、誘われるままに娼婦ドミノの部屋に行きます。アリスからの電話もあり、ビルは目的を遂げずにドミノの部屋を出ます。実は、この少し前に患者が亡くなり、そのフラットを訪問し亡くなった患者の娘から言い寄られています。ここまで、ビルの欲望はパーティーのモデル、患者の娘、娼婦ドミノと3人に対して「不発」に終わっていることになります。
 ドミノについては後日譚があります。ビルがドミノを訪ねるとドミノは不在であり、ルームメートによってドミノがHIVであることが明かされます。ドミノのエピソードはどんな意味があるのか?。

【仮装パーティー】
  ニックの出演するクラブを訪ね、不思議な話を聞かされます。ニックは、頼まれれば何処へでも出向き演奏するピアニストで、今夜も午前2時に依頼があり、目隠しをされて連れてゆかれ目隠しをしてピアノを弾くというのです。そのパーティーたるや...、と多くは語りません。やがてニックの携帯が鳴り、彼は依頼先の建物に入るパスワードを紙ナプキンに書き留めます。興味を持ったビルはニックに同行を頼みますが、それは仮装舞踏会であり部外者の入場は出来ないと断られます。
 ビルは、仮装を調達し盗み見したパスワードをたよりに会場に入り込みます。会場は郊外の城のような豪邸で、パーティーは仮装パーティーというより、参会者全員が仮面を被った秘儀めかした乱交パーティー。上流階級だけを集めた秘密クラブのようなものです。

 キューブリックは、仮面のまま交わる男女の姿を執拗に映像化しています。キューブリックが映像として見せたかったものは、仮面を付けたanonymousの集団の中でanonymousとして行動する快楽、仮装ならぬ仮想世界です。道徳も規範もない世界というものがあり、それは上流階級の秘密のパーティーであり、アリスの海軍士官に抱かれる妄想であり、アリスがビルに語って聞かせる怖い「夢」(これも仮装乱交パーティー)です。仮面も妄想も夢も、その後ろにはモラルを伴わない生の欲望が隠れているのです。

 ビルに近づいた娼婦(パーティーのホステス)が、彼の正体を見抜き邸から逃がそうとしますが、ビルは部外者としてパーティーの主催者に捕まります。ビルに裁きが下る前に先ほどの娼婦が現れ身代わりを申し出て、今夜のことを口外しない約束で解放されます。
 翌朝ビルは、ヴィクターの邸で介抱したマンディが麻薬の過剰摂取で亡くなったことを知り、マンディこそあの館で自分の身代わりとなった娼婦ではないかと想像します。ビルを仮装パーティーに導いたニックは拉致されるように姿を消し、ビルには不気味な尾行が付きます。

【ヴィクター】
 キューブリックは、彼の主題であるanonymousの世界、仮装パーティーとアリスの内面(語り)を延々と映像化したかった筈です(何故アリスの妄想と夢を映像化しなかったんでしょう)。トム・クルーズとニコール・キッドマンというスターを起用した商業映画ですから、キューブリックは観客に提出した謎の説明をしなければなりません。その謎解き役がヴィクターです。

 ヴィクターは仮想パーティーの場にいて、一部収支を見ていたとビルに語ります。仮想パーティーは、「参加者の名を聞けば夜眠れなくなる」という上流階級だけが参加するパーティーであり、ビルは館に現れた時から既に闖入者と見破られていたのです。パーティーに参加する人間は、誰もがリムジンで邸に乗り付け、ビルのようにタクシーで来る客はいないのです。ヴィクターにとって、ビルは取るに足りぬ医者にしか過ぎないのです。ビルが裕福な医師であり、トム・クルーズが演じていることで観客は騙されていたわけです。

 ビルは、ヴィクターのパーティーで、「知り合いは誰もいない」とアリスに言っています(上流階級のパーティーでビル夫妻は浮いていたことになります)。ヴィクターの邸と浴室の豪華さを見ると、「先生」と呼ばれはするものの、ビルはこの上流階級には決して仲間入りできない一庶民ということです。

 ヴィクターによると、秘密めかした儀式、ビルに警告を発し、ビルの身代わりとなった娼婦マンディの存在、これら一連の出来事はすべてフェイク(fake)だと云うのです。禁断の園を垣間見た庶民に対する罰です(マンディの死は、麻薬の過剰摂取による事故死)。上流階級の世界に首を突っ込まないでおとなしくしていなさい、というわけです。

 キューブリックともあろう人間が、上流下流を云々するわけはありません。冒頭のパーティーで、ハンガリー人の紳士がアリスを口説くシーンがあり、紳士はオイデイウスの「愛の技術」を読んだことがあるかとアリスに問います。アリスは何だかんだ受け答えをしていますが当然読んでいません。キューブリックが考える上流階級とは、富や権力に彩られただけの階級ではなく、オイデイウス「愛の技術」に象徴される(キューブリックを含めた?)知的にソフィスティケートされた階級です。
 『アイズ・ワイド・シャット』は、そうした階級に、トム・クルーズ、ニコール・キッドマンに象徴される俗物は‘Eyes Wide Shut’しておれ!というキューブリックの矜持を映像化した映画なのではないかと思います。さらに、ビルが仮装パーティーに潜り込む発端となったアリスの海軍士官との妄想も、口に出して語るべきものではなく、‘Mouth Wide Shut’すべきものである、それを聞いたビルも‘Ear Wide Shut’だと云うことなのかも知れません。あまり信用しないほうがいいです(笑。

 という解釈が成り立つとすれば、ラストで娘のクリスマスプレゼントを買うオモチャ屋のシーンで、アリスが‘fuck’とつぶやく意味も理解できます。ビルとアリスには、‘fuck’がお似合いなのです。驚いたことに、この映画を最後に、キューブリック自身がEyes Wide Shutしてしまいました。
 
 『アイズ・ワイド・シャット』は、妻アリスの妄想に刺激されたビルが深夜のNYを放浪し、仮装パーティーに紛れ込み、娼婦が謎の死を遂げるというミステリ仕立ての映画です。
 キューブリックの魔術に引き込まれ、ミステリアスな展開に時間を忘れてしまいます。薦めです。

監督:スタンリー・キューブリック
出演:トム・クルーズ ニコール・キッドマン シドニー・ポラック

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