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船戸与一 満州国演義9 残夢の骸 [日記(2015)]

残夢の骸 満州国演義9 (満州国演義 9) 第9巻、完結編です。第1巻の発売が2007年4月ですから、足掛け8年7500頁の長編小説となったわけです。書く方も大変だったでしょうが、我ながら飽きずによく追いかけたものだと思います。ハードカバーでシリーズ9冊を買い続けたのは初めての経験です。

 『満州国演義』も、どの辺りからか物語性を失って 昭和史概論になってしまいました。昭和3年の張作霖爆殺事件 から満州国の崩壊までの17年間を、敷島四兄弟を軸に激動の時代を描こうというのですから、仕方がないこともないですが...。完結巻になって船戸節は復活するのか?、敷島四兄弟(次郎は亡くなっていますが)と間垣徳蔵の関係は?。

 第9巻は、マリアナ沖開戦の敗北1944年6月から1946年5月までの1年です。日本がポツダム宣言を受け入れ、満州国が音をたてて崩れ、ソ連が雪崩を打って満州の原野に殺到する国家崩壊の波に太郎、三郎、四郎、間垣徳蔵が飲み込まれてゆく様が描かれます。

 東条英機暗殺計画に連座するように、間垣は殺人を犯し陸軍刑務所に勾留されます。シニカルで冷静なこの奉天特務機関中佐が殺人を犯すとは、信じられない展開です。最終巻では、この強引な展開が随所に見られ、作者の焦り?を感じさせます。
 太郎が間垣に面会に行ったことで、間垣と敷島四兄弟の関係が明らかになります。
 つまり従兄弟同士です。奇兵隊士と会津藩士の娘という因縁の間に生まれた母を持つ間垣は、復讐のために敷島兄弟に近づいたわけです。間垣は、血縁に絡め取られるようにいつしか敷島兄弟を助けることになります。これは物語が会津戦争から始まったことの帰結です。
満州国演義.jpg
 満州国の崩壊と敗戦は、間垣と敷島兄弟にどんな運命をもたらしたのか(作者はどんな運命を与えるのか?)。満州国外交部の高級官僚である太郎は 、ソ連軍に拘束されシベリアに送られます。所謂「シベリア抑留」です。シベリア抑留は、ソ連軍に捕虜となった日本兵、軍属、民間人?約60万人がシベリアで強制労働に就き、帰国者は47万人、差し引き13万人ほどの生死が不明となっているようです(一説には100万人以上が捕虜となり25万人以上が死亡また行方不明)。
 収容所での過酷な労働と、捕虜同士の支配非支配の構図が描かれます。共産主義となってスターリンを賛美し日本に革命を起こそうと云う、ソ連に阿る捕虜の出現です。天皇絶対論者が共産主義に変わる構造というものをもう少し書き込んで欲しかったところです。
 太郎と間垣徳蔵が(都合よく)この収容所で再会します。満州国の高級官僚としてぬくぬくと生きてきた太郎は、一杯の紅茶と菓子のために仲間をソ連に密告、それを冷ややかに見下す間垣の構図です。間垣は土壇場で太郎の密告の罪をかぶり自殺同様にソ連兵の銃弾に倒れ、太郎は縊死します。ふたりの自殺は説明不足で、それは急ぎすぎですよ船戸さん。もっとも、シベリア抑留を描き込めば、第10巻が必要となるでしょう。

 三郎が遭遇するのが「通化事件」です。関東軍が解体された後三郎もまた満州の荒野を彷徨い、満州国帝室と関東軍司令部が移動した朝鮮国境に近い通化へ向かい、通化事件に巻き込まれます。通化は中国共産党軍(八路軍)の支配下にあり、国民党軍が実権の奪おうとする緊張状態にあり、関東軍の生き残りが国民党軍と組んで共産軍に対して武装蜂起を企てます。国民党軍は参加せず、関東軍単独の蜂起は失敗し民間人を含む3000人?が捕虜となって殺されます。
 この事件に三郎が巻き込まれます。蜂起の背景には寄せ集め共産軍の略奪強姦があり、三郎は日本人を守って内地に返すという大義名分はあったのでしょうが、「死に場所を求めて」この無謀な反乱に参加して命を落とします。

 太郎、次郎(第8巻インパール作戦で戦死)、三郎が死んだのですから、物語の結末は四郎に託されます。関東軍嘱託の四郎は、敗戦の寸前に関東軍を離れシベリア抑留をまぬがれ、三郎から託された少年を内地に連れ帰る役目です。四郎は、全編を通じて常に解説者です。四郎は、甘粕雅彦の「満映」、関東軍特殊情報部嘱託などの職に就きますが、四郎の得た情報を昭和史の断片として小説に散りばめる役目に過ぎません。いくつかのエピソードに飾られてはいますが、物語の5人の主人公の中では影の薄い存在です。もっともこれは他の4人にしても同様で、太郎などは満洲国外交部の奥の院に座って煙草をふかし番茶を飲んで情勢を語るだけでした。主役は「昭和」という時代ですから、そうなんだと言えばそれまでですが、歴史小説の難しいところかもしれません。

 読んだ読んだ!、9巻7500頁。で面白かったのかというと、正直5巻目辺りからは惰性です。昭和史の解説の合間に太郎以下5人の主人公が顔を出すということになったからです。『蝦夷地別件』のような、登場人物が踊るロマンというものが感じられません。
 巻末に、小説執筆に当たって参考にした膨大な資料が載っています。「あとがき」で、近代戦を扱った資料から「牧歌性」が失われた、と作者は書いていますが、資料から牧歌性(ロマン)が失われたからと言って、その資料を使った小説にロマンが無いということとは別物だと思います。

満州国演義 
1風の払暁 2事変の夜 3群狼の舞 4炎の回廊 5灰燼の暦 6大地の牙 7雷の波濤 8南冥の雫 9残夢の骸


タグ:読書
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