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船戸与一 猛き箱舟 [日記(2015)]

猛き箱舟〈上〉 (集英社文庫)猛き箱舟〈下〉 (集英社文庫)
 冒頭、警察庁の特殊部隊による暗殺が描かれます。南アルプスの山中、雪の中を逃亡するターゲットは常人を越えた行動で特殊部隊を翻弄します。『猛き箱舟』は 、この犯罪者を主人公とした復讐の物語です。
 本書は、街のチンピラ 香坂正次が
「派手な人生」を生きるために傭兵となり、サハラ砂漠で戦う前段。
 捕虜となって西サハラの複雑な政治状況の中で人間として成長して行く中段。
日本に帰り復讐に手を染める後段、に分かれます。

傭兵の香坂は、ポリサリオ解放戦線の捕虜となり、その革命法廷で傭兵となった動機をこう供述します。
 
ただ、派手にやりたかっただけさ。おれはおれの人生をおもしろおかしくしてみたかったんだよ。そのために歴史の舞台裏で暴れまくってみたかったんだ。
 
 と言う単細胞の香坂正次は、海外に進出する日本企業のダーティな部分を引き受ける傭兵のリーダー、隠岐浩蔵に自らを売り込み、燐鉱脈の利権のために企業が雇った傭兵として《サハラ・アラブ民主共和国》とモロッコの国境で戦います。この戦闘シーンが延々と続くわけですが、米国人、南ア人など国際色豊かな傭兵達は個性的ですが類型的。砲弾が飛び交い、血が臭うアクション映画の活字化と思えば間違いないです。様々な兵器が登場し、軍事オタクなら面白いでしょうが、素人には退屈です。

 サハラ・アラブ民主共和国とは、モロッコからの分離独立を目指すポリサリオ解放戦線が樹立した「国家」ですが、米国を始め西側諸国からは国家と認められていない「国家」のようです。作家は、この民族独立と国際政治の錯綜する世界に日本の青年を放り込んで、物語を紡ぎだそうというわけです。

 香坂正次は解放戦線の捕虜となります。捕虜となったこと自体が隠岐浩蔵の作戦であり、彼は捨て駒として傭兵に採用され、砂漠に遺棄されたわけです。これは意外な展開で、ここで始めてストーリー展開が明らかになります。『猛き箱舟』は、捨て駒・香坂の復讐の物語です。冒頭の、警察庁の特殊部隊に終われる犯罪者とは、復讐を遂げた香坂というわけです。

 中段が始まります。裏切られて捕虜となり、日本政府と企業の裏面を見た主人公が政治意識に目覚めるのかというと、そんなことはありません。何しろ昭和61年に週刊「プレイボーイ」に連載された「冒険小説」ですから、ひたすら冒険とアクションの連続です。
 隠岐の裏切り、解放戦線内の権力闘争、捕虜収容所脱出等目まぐるしい変転の果てに、チンピラ香坂正次の肉体と精神は鍛えられ、屈強な兵士が誕生します。この小説はある意味ビルトゥングス・ロマンです。香坂は、捕虜収容所を脱走しアルジェのカスバに潜伏すします。何しろカスバですから、ぺぺ・ル・モコの『望郷』の世界。迷路、怪しいアラブ人、恋、裏切り、殺人と何でもあり。これだけで一編の冒険小説ができそうです。
 そして、アルジェから日本たどり着いた香坂正次の復讐の後段が始まります。

 ストーリーは単純ですが、登場人物が敵味方と錯綜し、息もつかせぬ展開で晦渋かつご都合主義。冒険もサスペンスも娯楽性も備わっているのですが、蝦夷地別件の方が数段上です。『蝦夷地別件』にあって『猛き箱舟』に無いもの、歴史に対する視点ですね。これが面白さの差でしょう。

タグ:読書
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