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小森陽一 漱石を読みなおす [日記(2015)]

漱石を読みなおす (ちくま新書)
 章建ては以下のとおりです。
第1章 猫と金之助
第2章 子規と漱石
第3章 ロンドンと漱石
第4章 文学と科学-『文学論』の可能性
第5章 大学屋から新聞屋へ
第6章 金力と権力
第7章 漱石の男と女
第8章 意識と無意識
第9章 個人と戦争

第6章 金力と権力
 漱石の小説には「金」にまつわるエピソードが必ず出てきます。

【三四郎】
 『三四郎』では、広田先生が引っ越し費用として野々宮から借りた二十円を、廻り廻って三四郎が美禰子から借金する話があります。著者はこの二十円を手掛かりに、登場人物の背後にある「事情」について何処までも想像(推理)の翼を広げます。
 野々宮から出た二十円は、妹よし子がバイオリンを買うために実家の父親から無心した金であり、広田はこの二十円を1年も返せずいたというのです。第一高等学校の教師の広田は二十円の金に困り、月給五十五円の理科大学講師の野々宮は、妹のバイオリン代の二十円を取り上げたわけです。
 大学を出た当時の超エリートも、経済的にはけっこう苦労しているのですね。著者は、この「二十円」は、広田、野々宮等、東京に住む男達が、いまだ経済的に自立できていない象徴だとします。広田の引っ越しは、家賃が上がっためであり、野々宮もまた、妹と住む借家を引き払って下宿に移ります。日露戦争後の不況で、多くの人間が職を求めて地方から東京に流入し、家賃が高騰したためであるとします。一軒家に住むことは結婚の条件ですから、野々宮が下宿に移ったことにより、野々宮と美禰子の結婚が遠退いた、ふたりの関係が破局を迎えたというのです。
 美禰子と野々宮のぎくしゃくした関係描写、美禰子の三四郎に対する思わせ振りな媚態?の背景には、こうした状況があるというのです。

 臨時収入があった広田は、与次郎に二十円の返済を依頼しますが、与次郎はこれを競馬につぎこんでスッてしまいます。三四郎は仕送りの金を与次郎に貸しますが、たちまち下宿代の支払いに困り、与次郎の薦めで美禰子から二十円を借ります。
美禰子は自分名義の預金通帳から30円引き出して三四郎に渡し、返さなくといいと言います。美禰子は両親を亡くし兄の恭介と暮らしています。著者は、この預金通帳の金は、遺産を相続して兄と分けた美禰子の結婚資金だと推理し、美禰子は、10円多い30円を三四郎に与えることによって、三四郎を「買った」というのです。

 兄恭介は近々結婚するようで、兄が結婚すれば妹の美禰子は家を出なければなりません。野々宮と同級生の恭介の収入(55円±α)が、妻と妹を養うには足りないとすれば、美禰子は早晩家を出なければなりません。つまり相手を見つけて結婚しなければならないということです。唐突な美禰子の結婚=三四郎の失恋には、こうした「金」と「家」の問題が隠されているというわけです。
 美禰子が三四郎に与えた30円は、こうした明治の女の精一杯の抵抗の象徴だともいえます。三四郎と美禰子の淡い恋の物語も、「金銭」を通して見れば、明治40年代の複雑な人間模様の物語となります。

【それから】

  『それから』では、「金と愛情」という問題がテーマとなります。

 三千代は、夫のために五百円の借金を頼みに代助を訪れます。この時、三千代はの指に代助が贈った真珠の指輪をはめて行きます。二度目に代助を訪れたときには、指輪の話はありませんが、髪を銀杏返しに結い、百合の花持参する三千代の媚態が描かれます。
 三度目、代助が三千代を訪れた時、三千代の指には真珠の指輪はありません。生活のため指輪は質屋に行ったものと推測され、代助は三千代に「紙の指輪=紙幣」を渡します。代助は人妻に生活費を渡したことで、その夫の地位を侵犯したことになります。侵犯したことで過去の愛情を再確認し、三千代を奪うという行動に繋がるわけです。
 真珠の指輪、銀杏返し、百合の花までは気づいたのですが、この「侵犯」は言われてみれば成るほどその通りで、友人から妻を奪う恋の物語が、金銭を通して描かれていることになります。

 夏目家は、実家に引き取った漱石のために、養育費として百四十円が養父に支払われています。帝国大学講師の職を捨てて朝日新聞に入社したのも、経済的理由です。漱石が執拗に金銭を小説に持ち込むことは、この辺りが影を落としているのかも知れません。 
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