SSブログ

亀山郁夫 新カラマーゾフの兄弟 (下) [日記(2016)]

新カラマーゾフの兄弟 下(上・下2巻)
カラマーゾフ.jpg
 上下巻で1400頁に及ぶ長編です。読むのも疲れますが、770頁の下巻は手に持っているだけで疲れます(笑。

【黒木家の兄弟】
 『カラマーゾフの兄弟』の舞台を1995年の日本に置き換え、ミーチャ(ミツル)、イワン(イサム)、アリョーシャ(リョウ)の三兄弟+スメルジャコフ(幸司)のカラマーゾフ(黒木)兄弟が父親フョードル(兵午)を殺害する「父殺し」の物語です。ミーチャの婚約者カテリーナと思しき香奈(本書では次男イサムの妻)、ミーチャとフョードルが争うクルーシェンカ(瑠佳)、ゾシマ長老(嶋)も登場し、原作をなぞったストーリーです。
 前回、須磨幸司は三兄弟の父親黒木兵午の庶子だと書きましたが、最後の方で幸司は兵午の父親の子であることが明かになり、この辺りが少し異なります。

 大きく異なるのは、東京外大の助教授「K」の物語と「黒木家(カラマーゾフ)の兄弟」の物語が同時進行すること。もうひとつは、ロシア正教の代わりに嶋が主宰する「フクロウの知恵」というコミューンとオウム真理教を思わせる新興宗教「天日天人教」が登場します。
 「K」は《作者より》に書かれているように「作者の分身」で、黒木リョウ、嶋と関わりを持つことで、この物語の解説者となります。
 ドフトエフスキーも『カラマーゾフの兄弟』の冒頭に《作者より》を掲げていますから、亀山センセイもドフトエフスキーを気取っていることなり、「K」とは、ドフトエフスキーということになります。亀山センセイ = K = ドフトエフスキーということになるのですが...。

 ゾシマである嶋が主催するコミューン「フクロウの知恵」は、ロシア正教に相当しますが、里山作によって日本を変えてゆこうという空想社会主義的な集団です。「天日天人教」は、ロシア進出を目論み裏社会とも繋がっていますから、「オウム心理教」そのものです。「フクロウの知恵」から出発し、「天日天人教」に潜り込んで社会変革を目指す湯田(ユダ)たちは、テロリスト集団「人民の意志」に相当します。

 冒頭の《作者より》で、亀山は、「わが国の戦後史におけるいわゆる「転換点」は、まさにこの九五年に刻まれたといって少しも過言ではない」と書きました。ロシア革命前夜の混沌を1995年の日本に置き換え、アリョーシャに当たる黒木リョウがアレクサンドル2世に爆弾を投げつける『カラマーゾフの兄弟』の第二部だと思ったのですが、違いました(神戸大震災も全く触れられていません)。
 宗教組織が先鋭化すると反権力となることは、一向一揆、天草の乱、「大本事件(国家による弾圧事件)などの例があります。いずれも圧制、強権の存在が前提ですから、国家の手厚い福祉政策に飼いならされた日本に、革命は起こりようがないのでしょう。
 
【大審問官】
 イワンとアリョーシャがレストランで語る「大審問官」(第6篇4~7)もあります。『カラマーゾフ』では、イワンの無神論ですが、こちらではアリョーシャのリョウが語ります。「大審問官」は、15世紀のスペインにキリストが降臨する話です。大審問官はキリストに向かって、消えてしまえオマエなんかいらないという話です。何故かというと、

神の代理人(大審問官)が絶対的な権力を握っているので、もはや、神もキリストもいらない。神はシンボル的価値としてちゃんと機能していれば、もっというと、いるふりさえしていれば充分、というわけです。

大審問官は、イエス・キリストを捕らえ、牢獄に送り込んで次のように言うのです。『イエス・キリストに代わってわれわれは数千万人の民を支配し、そして地上のパンを与えてきた。地上のパンを与えることによって、信仰も教えてきた』。

神の代理人(国家)は、金融資本を司って、キリストが絶対に生まれ変わってこないように管理している

 つまり、パンが全員に行き渡るように国が管理しているから、「人はパンのみにて生くるにあらず」などというキリスト(教)は要らないというわけです。神は死んで大審問官だけが生きる世界が現代だというのです。言われてみればナルホドで、ドフトエフスキーの『カラマーゾフ』は未来を見通していたことになります。

【ドフトエフスキーの死】
 この小説には、幻視、白日夢が頻出します。Kの白昼夢にドフトエフスキーの妻アンナを登場させ、ドフトエフスキー死の謎まで持ち出します。

 ドフトエフスキーは1881年1/26未明に肺動脈出血によって亡くなります。これによって『カラマーゾフの兄弟』第二部はとうとう書かれることはありませんでした。妻アンナの『回想』によると、ドフトエフスキーは、本棚の下に落ちたペンを取ろうとして本棚を動かし肺動脈出血を起こしたことになっています。ところが、アンナの『回想』には動かしたのは最初は「椅子」と書かれ、それを消して「本棚」と訂正されているそうで、アンナは「肺動脈出血」にもっともらしい原因を見つける必要があったというわけです。
 ドフトエフスキーの死の直接の原因は肺動脈出血にあるにしても、もっと別のろころにあるあるというのがKの推理です。
 アレクサンドル2世の暗殺を実行した「人民の意志」のテロリストが、ドフトエフスキーの隣の部屋に住んでおり、奇しくも作家の死の1881年1/26未明にこのテロリストは家宅捜索を受けて捕まったのです。当時保守派と目されていたドフトエフスキーの近くに住むことは、テロリストにとって丁度いい隠れ蓑、おまけにかつて空想的社会主義サークルの一員であり、シベリア流刑まで経験したドフトエフスキーは絶対に密告しないだろうという確信があった筈です。
 ドストエフスキーとテロリストは心理的な共犯関係にあり、テロリストの逮捕とドストエフスキーの死が同じ屋根の下で同時刻に起こったことに、「K」は尋常でない何かを嗅ぎつけます。そして尋常でない何かを糊塗するために、アンナは『回想』で肺動脈出血を正当化付けたのです。
 Kは、ドストエフスキーの自殺?を匂わせています。ただ、この挿話が本書の中でどんな意味を持つのかよく分かりません。

 いやぁ疲れました。亀山センセイは、『カラマーゾフ』という構造を借りて思いの丈をぶちまけた、そんな小説のような気がします。結局、私には『新カラマーゾフの兄弟』の全体像が掴めません。本家『カラマーゾフ』が理解できていないせいでしょうね。 

nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 6

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0