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村松友視 時代屋の女房 [日記(2016)]

時代屋の女房・泪橋 (角川文庫 緑 502-4)
 1982年、第87回直木賞受賞作ですが今では絶版。小説より夏目雅子、渡瀬恒彦主演の『時代屋の女房』の方が有名です。この映画はかなり不思議な映画で、原作はどうなっているんだろうと読んだのですが、ストーリーは映画よりずっとシンプルです。

《真弓》
 安っさんの骨董店「時代屋」にふらりと現れ、そのまま時代屋に居ついた真弓をめぐる物語です。真弓は、時代屋に来るまで何処で何をしていたか語らず、突然フッといなくなって7日目には何事もなかったかのように帰ってくるという謎の女性。
 真弓は、安っさんの回想と今井さんとマスターの会話の中に登場するだけで、この小説の現在という時間には登場しません。

 その真弓がまた居なくなり、今度は本当に帰って来ないのではないかと心配する安っさん安っさんを気遣うクリーニング店の今井さん、喫茶店のマスター。この3人の物語でもあります。

《今井さん》
 真弓は、時代屋は「品物じゃなくて時代を売る」、「時代屋は時代を売るだけではなく、他人の時代を買い集めている」と言います。古道具には持ち主の人生が宿っているということでしょう。
 他人の時代を買い集める話は、今井さんが安っさんに売った古いトランクのエピソードに描かれます。安っさんは、今井さんから買った大正時代のトランクから昭和9年9月2日の日付の入った切符を見つけ、「今井さんの過去の時間まで引き取っちゃ悪い」と今井さんに切符を返します。黙々とアイロンをかけるクリーニング屋の今井さんには、昭和9年9月2日に夫と子供のある人妻との駆け落ちを約束し、果たせなかったという過去があったのです。この切符を見せられた今井さんはトランクを買い戻し、同時に自身の青春時代をも買い戻すことになります。

《マスター》
 50歳を過ぎても独身の喫茶店のマスターは、派手な服装に東京では違和感のある関西弁を使い、自分の店のウェイトレス・ユキちゃんと愛人関係にあるという胡散臭い中年として描かれます。マスターはユキちゃんを持て余し気味で、ユキちゃんもまた他の男に興味を示し心ここにあらずという状態。ふたりを繋ぐ微妙な関係が暗示されます。

《安っさん》
 安っさんは、高校1年の時に父親が女を作って家を出、母親に育てられたという過去があります。子供の頃から古道具が好きで、父親からは「爺むさい」と嫌われていた古道具を、父親に挑むように生業とします。
 自分を捨てた父親への面当てのように、意地で始めた古道具屋に馴染めないものを感じ始めた頃、真弓が忽然と現れます。安っさんの人生のエアポケットに真弓という女性が現れ「女房」となったのです。 『夕鶴』で "つう"が"与ひょう"の女房となったように、真弓は安っさんの女房となったのです。村松友視 は現代の「鶴女房」を書いたことになりそうです。

 『時代屋の女房』が「鶴の恩返し」だとすれば、安っさんは鶴を助けたのか?。その答えは、古道具について語る真弓と安っさんの会話にあります、

あたしたちって、やさしいのかしら、残酷なのかしら・・・
人にこき使われたあげくやっと静かに死のうとしている物を、無理矢理に生き返らせてもう一度人に使われるようにしちゃうわけでしょ・・・
おれはただ、古い道具が好きなだけだからなあ
死にかけた物を、やさしく生き返らせてあげるってわけね

 安っさんは、鶴ではなく古道具を助けたことになります。この会話の前段で、今井さんはトランクを買い戻し、古い撞球台の引取を依頼しきた女性からは、愛着のある玉突き台を手放すのは「かわいそう」だからとキャンセルの電話が入ります。トランクや玉突台といった古道具が持ち主との絆を取り戻した、安っさんが古道具たちを助けたということになります。古道具の精が恩返しに安っさんの女房となった、真弓は古道具の精が安っさんに降臨したと云うことになりそうです。
 真弓は時々フッといなくなり、7日目には何事も無かったかのように戻るという謎も、この世の者でない真弓に神秘性を与えています。

 真弓が古道具の精であれば、映画『時代屋の女房』の不思議なストーリーの謎が解けます。森崎東(監督、脚本)は、女房・真弓の「性」を拡大し、自殺しようとする青年に身体を与え、安っさんが古道具を助けたように青年を助けます。聖女「真弓」の誕生です。
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タグ:読書
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コメント 2

Lee

文庫もってますが絶版なのですね。原作では「夕鶴」の”つう”、映画では聖女の域にまでなるとは!男性にとって真弓は女神のような存在なのでしょうか。時代に取り残されるも人生にとって忘れ難い思い出を象徴する古道具。バブルを前に滅びゆく古き良き日本への哀愁を、小説を通して作家の筆がすくいあげたともいえそうです。
by Lee (2016-03-19 02:15) 

べっちゃん

人形に魂が乗り移るとか言いますから、古道具の精がいても不思議ではありませんね。
by べっちゃん (2016-03-19 09:16) 

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